
キーワードは「実利」
20日にドナルド・トランプ氏が再び米国大統領に就任する。昨年11月の当選から同氏の一言一句が米国政治に影響を与えてきたし、国際社会もそれに注目してきた。ニューズウィーク日本版(1月21日号)が「再来するトランプ・ワールドの展開を読む」を載せている。同誌コラムニストで元CIA(米中央情報局)工作員のグレン・カール氏の展望である。
わが国としては、直前に日本製鉄によるUSスチール買収がバイデン大統領によって拒否されたことが気がかりだ。同盟国なのに「安全保障上のリスク」とはどういうことか、日米同盟に変化が起こっているのか、と専門家をざわつかせているが、トランプ大統領はその決定を引き継ぐのかどうか。
韓国紙のワシントン特派員は「ワシントンの一部では米政府が変われば買収不許可方針に変化があり得るという期待が出ている」と伝えている。それは「トランプ氏も選挙当時は支持基盤の労働者階層を意識して買収に反対したことがあるが、結局実利を取るという理由からだ」と分析する。
「実利を取る」これがキーワードになりそうだ。同盟関係云々(うんぬん)よりも、米国にとっての実利があるかどうかがトランプ氏の判断基準になるとの予測はけっこう説得力がある。それだからカール氏が、トランプ氏の外交は「バイ」(2国間関係)になると言っているわけで、「条約や同盟関係を嫌う孤立主義者でもあるから、日本や韓国、オーストラリアなどとの安全保障上の約束を歴代の大統領ほどに守るとは思えない」ということになる。ここに「実利」を見なければ「価値を共有する」だとか「道義的に」だとかの理屈は入ってこない。だから、実利があれば、日本製鉄のUSスチール買収もある、というわけだ。
強制送還は逆効果に
さて、米国民としては「不法移民」問題が皮膚感覚として最も重要な問題だろう。トランプ氏当選の多くの部分がこの移民政策への評価によった。フォーリン・ポリシー誌記者のクリスティーナ・ルー氏が同問題を書いている。
「仮にトランプ氏が公約に近い規模の送還を成し遂げたら、米国経済は大打撃を受けるとエコノミストらは警告する」と同氏は伝える。実際に移民を送り帰せばどうなるのか。「不法移民は推定1100万人前後。アメリカの労働力人口の5%を占め」るという。そして「働き手であり消費者でもある」彼らを追い出せば、「米経済に直接的・間接的影響が及ぶのは目に見えている」とエコノミストらは口を揃(そろ)える。
そして送還の狙いである「米労働者の雇用を守る」ことには効果があるのか。ジョージ・メイスン大学のマイケル・クレメンス教授は「アメリカ人労働者の雇用機会は増えるどころか減り、アメリカの経済成長は鈍り、物価は急上昇し、財政赤字が増えるため納税者の負担は増すだろう」と予測している。
この予測には裏付けがある。オバマ政権時「50万人近い不法移民が強制送還かそれに関連した事情でいなくなると、アメリカ生まれの労働者4万4000人が失業していたことが分かった。なぜか。不法移民の大量送還で労働力が不足し、『人件費が上がって、製造コストが上昇した』ため企業の経営が圧迫され、波及効果でアメリカ人労働者が職を失った」というのだ。これはコロラド大学デンバー校のアンドレア・ベラスケス准教授の調査だ。
こう見てくると、不法移民の強制送還は米国にとって「実利」がなさそうだが、トランプ氏はどうするか。「有権者への公約」などという“道義的”約束よりも、予測される不利益の回避の方が「実利」であることは明らかだが…。
多極化時代どう対応
再びグレン・カール氏の記事に戻る。トランプ氏に厳しい発言を続けている同氏は、「孤立を好み、敵を増やし、一国主義のトランプ外交の行き着く先は世界的な保護主義の台頭と国際機関の衰退だ」と警告する。米国が「世界の警察官」を降りて久しく、「一強」だった時代も過ぎた。その間に中国が台頭し、ロシアはウクライナを侵略し、中東では戦火が吹いている。「偉大なアメリカ」は「複数の大国が競合する多極化の時代に入った」中でどういう役割を演じるか。考えさせられる記事である。(岩崎 哲)