メディアの主役交代
情報を巡る「長篠の戦い」だった―。先の兵庫県知事選挙についてそんな見解が聞かれる。戦国期、常勝を誇った武田の騎馬軍団は織田の新兵器、鉄砲隊に打ち負かされた。斎藤元彦知事の場合、新興メディア(交流サイト=SNS)を駆使して既存メディア(新聞・テレビ)を圧倒し、選挙戦を制した。7月の東京都知事選挙の「石丸現象」、10月の総選挙の「国民民主党ブーム(玉木現象)」に続く「斎藤現象」で、これが新旧メディアの主役交代劇を思わせ、「長篠の戦い」に例えられた。
確かに新聞・テレビは影を薄くしている。NHKの出口調査によると、投票で参考にした情報源で最も多かったのは「SNSや動画サイト」(30%)で、「新聞」「テレビ」(各24%)を凌駕(りょうが)した。「SNSや動画サイト」と答えた人の70%以上が斎藤氏に投票しており、若い世代ほど新聞・テレビ離れしている。
これを朝日19日付天声人語は「メディアにとっては悲しく、深刻な数字である」と嘆き、「米国の共和党集会では、トランプ氏のあおりにのって『CNNくたばれ』などと聴衆が罵声を飛ばす光景が、もはや当たり前になってしまった。日本もそのとば口に立っているのかもしれない。既得権益側というメディアへの不信に向き合わねば、分断を防ぐことはできまい。重い課題をつきつけられている」と、まことしやかに書いている。
記者クラブの解散を
まるで他人事(ひとごと)で、勘違いも甚だしい。共和党大会では「CNNくたばれ」の罵声があっても、FOXニュースやワシントン・タイムズへの罵声はない。CNNなどの大手テレビ局や新聞の大半は左派・リベラルが占めており、民主党への肩入れ(偏向報道)にうんざりしているからだ。
日本の場合、新聞・テレビ各社は官庁に設けた記者クラブに胡坐(あぐら)をかき、ミニコミ誌紙やフリージャーナリストらを排除し情報を独占してきた。ネットが普及してメディアが多様化し、また情報公開法が20年以上も前に施行されたのに記者クラブは旧態依然のままだ。大手メディアは既得権益側そのものなのだ。不信を解消したいなら、記者クラブを率先して解散し自由取材制を採るべきだ。その“勇気”もないのに天声人語子は何と向き合うつもりなのか。
その上偏向報道である。先週の本欄で安藤馨・一橋大教授の見解を紹介したが、安藤氏は新聞記者が「事実に基づかない感情的反発などの情動に働きかけようと笛を吹く活動家」と化していることを暗に批判し、自民党の派閥資金の不記載問題を「裏金」との情動的ラベリングで(野党のそれにはレッテルを貼らず)報じているのがその最たるものと指摘していた(朝日14日付)。ところが、あろうことか日本新聞協会は朝日の「裏金」報道に今年度の「新聞協会賞」を授与した。新聞界そのものがゆがんでいる。
世論煽ってきた朝日
朝日の情動的ラベリングは安倍晋三政権時の平和法制を巡る「戦争法」、国政選挙での国民の選択を「安倍一強」、特別編集委員の「ナチ支持者は安倍支持者」(ツイッター、後に削除)等々、枚挙に暇(いとま)がない。これに嫌気を差していたのがネット主流の若い世代だ。彼らは圧倒的な安倍支持だった。朝日の世論調査によれば、第2次安倍政権の7年8カ月の政権支持率は全体平均で44%だが、18~29歳の男性では57%に上った。(2020年9月12日付)
それが安倍晋三氏亡き後、旧統一教会を巡る一方的な「反社」のレッテル貼り、「裏金」報道の安倍派つぶし論調などで安倍晋三氏を「悪者」のように描いてきた。そんな新聞が信じられるか。若い世代ほど新聞を読まないのは紙媒体と縁が薄いだけではないと知るべきだ。
天声人語子は「分断」を口にするが、それを言うなら情動的ラベリングで世論を煽(あお)ってきた朝日自身がもたらしたものだ。天に唾するとはこのことだ。これだから既存メディアの存在意義が低くなる。
(増 記代司)