トップオピニオンメディアウォッチ大型店と通販が市場奪う 「韓江ブーム」でも泣く本屋【韓国】

大型店と通販が市場奪う 「韓江ブーム」でも泣く本屋【韓国】

本を手に取るのイメージ(Unsplash)
本を手に取るのイメージ(Unsplash)

他の作家への読書熱も広がらず

韓国が初めて人文科学分野のノーベル賞を受けた。朝野を挙げて歓喜に沸き、文学賞受賞の作家・韓江(ハンガン)の本が文字通り飛ぶように売れた。「文の国」韓国の面目躍如である。

ところが、受賞は韓国社会に小さくない波紋を投げている。まず、国民が保守と左派に分裂し、国会では与野党が激しく対立しているが、受賞の知らせが届いた時は議場で与野党の別なく拍手が湧き起こったものの、それもその瞬間だけで、すぐに彼女の志向を巡って議論になったのだ。

作品は4・3済州事件(「別れを告げない」)や光州事件(「少年が来る」)を背景に左派的な視点で描かれたものが多く、受賞はそれが世界で認識され、評価されたことになる。それに対して保守層から反発が出た。事件の歴史的評価は政権によって変化し、定まっていない。保守側にしてみれば「人権侵害」や「軍事弾圧」がこうした形で再度世界に知られることは素直に歓迎できる話ではない。

また、別の問題も浮き彫りになっている。本は売れるが、韓江ものだけで、それも大型書店、ネット通販に偏っているのだ。街の書店は入荷自体が困難で、入っても買い求める人が来ないという。この事情をハンギョレ21(10月19日号)が「『韓江ブーム』でも泣く本屋」の記事で取り上げている。

韓江が『菜食主義者』でブッカー賞を受けた時には「1分で10冊売れる」という大ブームを巻き起こした。「教保文庫とアラジン、イエス24で驚異的な販売速度を見せた」という。教保文庫は韓国全土で20店舗を展開している大規模書籍小売店チェーン、アラジンはオンライン通販、イエス24はチケットプレイガイドだ。

教保文庫はソウル光化門の地下に巨大な売り場面積を構えており、かつてこの地下1階から地上に出る階段の壁に歴代ノーベル賞受賞者の肖像が掲げられていた。最後は額縁だけで、「ここに誰が入るだろうか」と書かれてあり、ノーベル賞への渇望が見て取れたものだ。

しかし最近は学生街を含めて街中の書店はほとんど見なくなった。大型店と通販に市場を奪われて、地域書店は駆逐されていったのだ。それでもほそぼそと開けている書店にとって、韓江の受賞はこれで「本が売れる」と期待させるものがあった。何しろ「受賞6日間で韓江の作品が100万部売れた」というのだから。ところが、地域書店はそのおこぼれにすら与(あずか)れなかった。そもそも「入荷できなかった」のだ。

さらに、これを機会に他の作家の作品への読書熱が広がることも期待されたが、「その兆しは見られない」という。同誌は「瞬間的な流行を超えて、韓国文学を盛り上げようという提案は、今度こそ可能だろうか」と述べるものの、今回も一時的流行で終わりそうである。

この状況を韓江自身はどう見ているだろうか。ブッカー賞受賞時、自身も書店を運営している彼女は地域書店が息を吹き返すきっかけとなることを願っていた。こう述べている。

「どんな代価もなしで、良いと思う本をよく見えるように売り台と本棚に陳列して、大型書店やオンライン書店では目に留まらなかった本が客と出会えるようになる。その喜ばしい瞬間が書店を運営する最も大きな力だ」

本棚の間を行きつ戻りつしながら、背表紙から中身を想像して手に取り、ページをめくる。立ち上る紙の匂い、静謐(せいひつ)な書店、そこで紡がれる知的な時間…。

しかし、残念なことに、そうしたことがほとんどないという数字が出ている。韓国では昨年、成人10人のうち約6人が1年間、1冊も読んでいないのだ。これでは「100万部売れた」ところで、積読(つんどく)に終わっているものが相当数に上るだろう。

そのわずかな読書人口にしても、韓国人作家には向かわず、昨年教保文庫で売れた日本作家本のシェアが31%で、韓国人作家(29・9%)を上回ったという。

政府も図書関連予算を削っている。「本を読む文化が消えているのに、政府は手を放してばかり。本を読んで考える文化を政府がつくるべきだ」と同誌は主張する。しかし、それは政府の役割というより、国民の文化レベルの問題ではないだろうか。(敬称略)

(岩崎 哲)

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