8年前の報道と同じ
「ちょっと待って。今の言葉、プレイバック、プレイバック」―。思わず、歌手・山口百恵さんのヒット曲「プレイバックPart2」が脳裏に浮かんだ。プレイバックすなわち巻き戻し。米大統領選挙のトランプ圧勝についてのメディア報道のことである。
何が巻き戻しなのか。2016年の米大統領選でトランプ氏が当選した際、筆者は当欄でこう書いた(同年11月15日付)。「共和党のドナルド・トランプ氏が事前の予測をひっくり返して歴史的勝利を収めた。レーガンの『地滑り的大勝』(1980年)を彷彿(ほうふつ)させる劇的な大統領選だった。米メディアの大半は『クリントン優勢』としてきたが、その予測は見事なまでに打ち砕かれた。これも史上に残る『大敗北劇』だろう」
この「クリントン優勢(ヒラリー・クリントン氏のこと)」を「ハリス優勢(カマラ・ハリス民主党候補)」に置き換えれば、今回の報道はそっくり当てはまる。終盤に「接戦」としたが、それも違っていた。激戦とされた7州でもトランプ氏は全勝し、得票数でも20年ぶりに民主党候補を上回り、早々と当選を決めた。
8年前の当欄では続けてこう記した。「敗因は、『隠れトランプ票』を読めなかったからだという(毎日11日付「米メディア、外れた当落で『謝罪』『釈明』)。周囲の目を恐れてトランプ支持を公言しなかった人を世論調査では拾い出せず、クリントン優勢と見誤った」。(注=毎日記事の日付は2016年11月11日付)
巧妙にハリス支援も
これも今回、そっくりだ。読売8日付は「接戦予想と落差 『隠れ支持者』の存在」との見出しで、「トランプ氏に関しては過去2回の大統領選でも、世論調査による事前予想を実際の得票率が上回る傾向があった。調査への回答を拒む『隠れトランプ派』の存在が指摘され、今回も同様の傾向があったようだ」としている。以前から「隠れトランプ票」が明らかなのに日本のメディアは米メディアの世論調査の尻馬に乗ってきた。
米国の大手メディアの多くがリベラル系で、巧妙にハリス支援を行ったことは本紙読者なら「ビューポイント」欄でご存じの通りだ。ギングリッチ元米下院議長は反保守的メディアが支配する「偏向し不誠実な米大統領討論会」の実態を暴き(9月5日付)、政治学者エルドリッヂ氏は大手テレビCNNが手掛けたハリス氏への初インタビューが「事前に収録し大幅に編集」されたもので、質問に答えず明らかなウソもあったと指摘している。(10月7日付)
こんな話は朝日や毎日には載らない。トランプ当選後は「自国第一の拡散に歯止めを」(朝日7日付)「深まる保護主義 世界を揺るがす貿易戦争」(毎日10日付)などと煽(あお)る。これも拙稿をプレイバックしておこう。「寛容=クリントン、非寛容=トランプのレッテルを貼り、『アメリカ第一』『自由貿易協定破棄』『移民難民の入国制限』などに焦点を当て、ことさら反トランプ論調を張ってきた嫌いがある。それでトランプ勝利に戸惑っている」。今回も戸惑い、紋切り型批判に終始する。
自戒ないリベラル紙
こうした報道姿勢について産経のワシントン駐在客員特派員、古森義久氏は10日付コラム欄で「反トランプ錯乱症の適否」と題して、対外政策はトランプ氏の関わるシンクタンクを通して綿密な内容を公表しているとし、「最大支柱は同盟関係の堅持と強化だと明記されていた。既存の同盟の解消などツユほども示唆していない」と反トランプ論調を批判している。
ちなみに反トランプ錯乱症とはトランプ支持層が名付けたもので「トランプ氏への憎しみや怒りの感情に流され、客観的な政治判断を失う傾向」を言い、リベラル派の著名な評論家もその傾向を認め、その激情に流されないよう自戒を述べているという。日本のリベラル紙には自戒は感じられない。それでまた百恵さんの歌が脳裏に浮かんだ、「馬鹿にしないでよ」。
(増 記代司)