他政党が連立を拒否
オーストリア国民議会選挙(下院、定数183)で初めて第1党になった極右政党「自由党」は大喜びだったが、時間の経過とともにその喜びにも影が差してきた。同国では選挙で第1党となった場合、政権を担当するケースが多いが、「極右政党」という看板を背負っている自由党の場合、そうはいかない。他の政党が自由党との連立を拒否しているからだ。
ファン・デア・ベレン大統領が自由党のキックル党首ではなく、選挙で第2党だった与党「国民党」党首のネハンマー首相に新政権発足の連立交渉を要請したことが報じられると、自由党内ばかりかメディアの中でも、「選挙で第1党となった政党に政権発足を要請するのが常だが、大統領は民主選挙の結果を無視して第2党の国民党に組閣を要請した」と疑問を呈する声が高まっている。「極右党との連立はタブーか」…右傾化する欧州の政界でオーストリア国民はその問いに対して答えを強いられているのだ。
ファン・デア・ベレン大統領は選挙後、議席を獲得した5政党の党首と個別で会見した。その結論は「どの政党も自由党とは連立しない。そのため安定政権を発足させるためには第2党の国民党主導の連立交渉を要請する以外に選択肢がないと判断した」と説明している。
キックル党首は「選挙で140万人の有権者が自由党に投票した。その第1党の政党を無視することは民主主義の原則にも反する」と主張。ウィーンのメトロ新聞「ホイテ」の編集者エバ・ディチャンド女史は「有権者の約30%の票を獲得した政党を最初から排除するのではなく、公平な権利とチャンスを与えるべきだった」と指摘し、間接的ながら第1党のキックル党首の立場を擁護している。それだけではない。自由党と連立政権を組閣したことがある国民党のクルツ元首相はメディアとのインタビューの中で、「自由党との連立を最初から排除することに疑問が残る」と、大統領のキックル党首外しを批判している一人だ。
崩壊した独連立政権
問題は深刻だ。第1党の極右政党を政権から外して安定政権が発足できるかだ。答えは、残念ながらノーだ。オーストリア日刊紙で最大部数を誇る「クローネ」日曜版で元「プレッセ紙」編集長だったライナー・ノヴァック氏は「政治信条が異なる政党が反極右政党で結束し議会の過半数を占めたとしても、無理がある」と強調している。国民党のネハンマー首相は社民党のバブラー党首と非公式の連立交渉を始めているが、富裕税など増税を主張する社民党に対し、国民党は増税に強く反対している。移民政策でも国民党と社民党では異なる、といった具合だ。
ドイツのショルツ政権を思い出せば理解できる。社会民主党、緑の党、自由民主党の3党による連立政権だが、異なる政治信条の集まりだから事あるたびに対立を繰り返してきた。そして今月6日、ショルツ首相はついに3党連立政権の崩壊を発表している。来年春には前倒しの総選挙の実施となる。多数の政党からなる政権は寄せ集め集団だから妥協と譲歩を強いられる。その結果、国民が願う抜本的な改革は難しくなる。ショルツ連立政権はその典型的な例だろう。
「悪魔化」報道が影響
現実的な解決策は、第1党となった極右政党に政権を担当させ、その政治手腕をチェックすればいいのだが、政党ばかりか、国民の間には極右政党に対する過剰な拒絶反応があるのだ。その責任の一部は左派系メディアの「極右政党の悪魔化」報道だ。
同国では11月24日にはシュタイアーマルク州の州議会選が実施される。ここでも自由党の躍進が予想されている。キックル党首の自由党の支持率は選挙後も上昇している。9月29日の国民議会選では得票率は28・9%だったが、現在の支持率は32%だ。政権入りを拒否された自由党は「われわれは既成政党から疎外されている」として犠牲者役を演じ、支持者を増やしている。(小川 敏)