
「不思議の負けなし」
「相手の土俵に乗らない」。しばしば語られる人生訓だ。競争したり争ったりする相手は自分の相撲が取りやすい土俵に乗せようとする。それに安易に乗れば相手の相撲になって負けてしまう。それで相手の土俵に乗らない。逆に言えば、「自分の土俵に乗せる」のが必勝の条件である。
国政選挙6連勝の安倍晋三元首相がそうだった。「日本を、取り戻す」から始まって、「アベノミクス」「3本の矢」「成長戦略」「1億総活躍社会」等々、常に自ら土俵を作り、そこにメディアもマスコミも乗せた。ところが、石破茂首相はどうだ。自ら解散総選挙に打って出て土俵を作ったものの、肝心の「自分の土俵」を作らず、終始、「相手の土俵」に乗せられてしまった。
選挙戦最終日の26日付各紙がそれを端的に物語っている。読売いわく、「与野党『政治とカネ』一色」。地方紙をネットで見ると、「与野党 裏金一色」の見出しを立て「石破茂首相は世論の逆風にさらされ、守勢に回る」と記している(共同配信)。かくして総選挙での自民党大敗である。「負けに不思議の負けなし」(プロ野球元監督、野村克也氏)とはよく言ったものだ。
石破首相が乗せられた「野党の土俵」は他ならない朝日や毎日などの左派メディアが設えた。政治資金問題の焦点化である。それも朝日が「裏金」のラベルを貼って牽引した。総選挙の野党躍進は石破首相がこの土俵で相撲を取った結果である。
政策の議論深まらず
焦点が当てられなかった政策は盲点化する。前記の地方紙は「物価高、年金、賃上げ、子育て」を上げ、選挙戦の最終版でも議論が深まらなかったと指摘する。加えて「第3次大戦は始まっている」(米コラムニスト、ジョージ・ウィル氏=本紙21日付)ともされる国際情勢への取り組みは影が薄かった。
要するに大局観がないのである。産経紙上で静岡大学教授の楊海英氏は「衆院選で語られない対中国戦略」を憂い、「(政治家が)国益全体を意識した行動を取ろうとしない」と批判(21日付「正論」)、川渕三郎・Jリーグ初代チェアマンは「日本を引っ張っていくリーダー候補たちであるはずなのに『百年の計』や『夢』を語らず、悲しくなる」と嘆じていた(同「月曜コラム」)。
盲点にはこんな政策もあった。それは国民を不安に陥れている闇バイト強盗事件への対策である。与野党、新聞そろってスルーしている。朝日16日付は「9党の公約(要旨)」を2ページ見開きで載せているが、「治安」について一字一句もない。読売23日付は「候補者アンケート」で約20の政策を並べたが、ここにも治安はない。他紙も似たり寄ったりで、治安はそれほど軽視されていた。
もし自民党が「自分の土俵」を作ろうと考えれば、治安対策は打って付けだったろう。それは2017年に成立した改正組織犯罪処罰法が穴だらけで、新たな法整備が必要不可欠となっているからだ。これには国民的支持が得られるはずだ。
保守の再結集なるか
同法は組織犯罪への対応だけが可能で個人のテロリスト(ローンウルフ)には手が打てない。通信傍受が可能になったが、それは犯罪が起こってからの「司法傍受」(裁判所の令状を得てから実施)だけで、犯罪が起きる前に行政(警察等)が行う「通信傍受」が一切認められていない。これこそ世界の非常識と言わねばならない。
闇バイト強盗犯罪を取り締まるには行政傍受や「おとり捜査」「潜入捜査」など新たな捜査手法を導入する必要がある。だが、朝日などの左派紙や立憲民主党、共産党は人権侵害と大騒ぎするだろう。改正組織犯罪処罰法のときがそうだった。だから見事な「保革対決図式」が生まれる。
とまれ、今選挙で「野党・左派メディア共闘」が勝利の方程式となった。これを打破するには保守の再結集が不可欠なのだ。果たして石破氏にそれができるだろうか。(増 記代司)