論評少なく3紙のみ
衆院選が公示された。すでに各党では、当面の物価高対策をはじめとする経済対策を巡って論戦が始まっているが、日本経済の現状に最もふさわしい対策を公約で主張しているのはどこか。そんな意識で、この選挙戦の期間を過ごしたいと思っている。
日本経済の現状を知る大きな材料の一つが、日銀が四半期ごとに発表する企業短期経済観測調査(短観)で、直近では9月の短観が出たばかりである。
この9月短観について、これまでに社説で論評を掲載したのは読売、日経、本紙の3紙しかなく、ちょっと残念なのだが、今回はこれを取り上げたい。
各紙の見出しは次の通り。3日付読売「賃上げ機運を一段と高めたい」、日経「成長持続へ人手不足が心配だ」、4日付本紙「追加利上げは急がず慎重に」――。
3紙の中で危機意識が高かったのは日経である。同紙は、夏場に市場の急変動や台風があったなかでも国内景気が緩やかな改善傾向を保ったことを示したとしながらも、「目を引くのが人手不足の進行だ」と強調し、「賃金の上昇を促して個人消費を支える半面、企業活動の妨げになったり、思わぬ物価高を招いたりしかねない」と懸念し、石破茂政権に「民間を巻き込み本格的な対応を急ぐべきだ」とした。
確かに、同紙の懸念は尤(もっと)もで、企業からみた労働力の過不足を示す雇用人員判断指数をみると、「大企業製造業はバブル期前後に匹敵する逼迫ぶりだ。中小企業の非製造業に至っては、これまでで最も深刻な人手不足の状態にある」と強調する。
具体的な対策を急げ
人手不足については読売や本紙も指摘するが、日経はさらに、経営体質の弱い中小企業には「人手不足倒産」も増えているとして、「業界横断での省力化投資に加え事業や組織の再編を進めるべきだ」と説く。
日頃、市場経済を信奉し企業の自然淘汰(とうた)論を説くイメージのある同紙にしては意外な感じがしたが、「長い目でみて経済成長の余地を狭めてしまいかねないのは心配だ」と思えるほど、現状の人手不足は深刻ということなのだろう。
基本方針に「賃上げと人手不足緩和の好循環」を掲げた石破内閣に対し、同紙は人材を成長分野に移りやすくする労働市場改革を含め、経済全体の生産性の向上につなげる具体的な対策づくりを急いでほしいとしたが、その通りである。
読売は、列挙した見出しの通り、賃上げに重きを置いた。「個人消費に回復の兆しが見えたとはいえ、まだ本格的に、賃上げが物価高に追いついていない状態であることが日本経済の重い課題だ」との問題意識からだ。
物価の影響を反映した実質賃金は、ボーナスの支給などもあり、ようやくプラスに転じたばかりで家計の節約志向は根強い(8日発表の8月実質賃金は前年同月比0・6%減とまたマイナスに戻ってしまった)。
持論の増税策にくぎ
読売が指摘するように、日本経済がデフレから完全に脱却し、賃金も投資も増える経済の好循環を実現する道のりは、いまだ半ばだ。だからこそ、同紙は「好業績の企業は、賃上げに一層取り組むべき」であり、そのために石破内閣は、「賃上げ機運を一段と高める政策を打ち出し、経済の好循環へつなげてもらいたい」というわけなのだが、前述の日経が指摘する「賃上げが進む背景には深刻な人手不足がある」ことを想起すれば、賃上げをことさら叫べばいいというわけでないのは確かだ。
本紙の「追加利上げ…」は日銀に対しての注文だが、文末では「景気に水を差し、これまでの努力を無にする増税は禁物である」と石破首相の持論である増税策にくぎを刺した。さすがに自民党は公約でも増税論を封印した。当然である。
「政治とカネ」も大事だが、経済を巡る課題解決の視点も大切である。(床井明男)