
建設的な解散名なし
さあ、今日から総選挙である。これをいったい、何と名付けよう。旧民主党が政権奪取した2009年は「政権選択選挙」と呼ばれたが、今回は当の野党もメディアもこれを口にしない。政権選択するもしないも、その政策が野党にない、意欲もない、ただただ批判に明け暮れているからか。総選挙すなわち衆議院議員選挙は言うまでもなく、国民に政権選択を問うものだが、それがこの体たらくである。
その象徴が野党の名付けた解散名で、「裏金隠し解散」(立憲民主党・野田佳彦代表)、「猫の目解散」(日本維新の会・馬場伸幸代表)、「党利党略解散」(日本共産党・田村智子委員長)など、どれもこれも与党叩(たた)きで建設的な言いようは一つだにない(時事9日配信)。もっとも石破茂首相が名付けた「日本創生解散」というのもピンとこないが。
こうした野党批判に怖気(おじけ)づいたか、石破首相は突然、派閥資金の不記載者の“追加処分”を発表し12人を非公認、34人を比例名簿に記載せず復活当選の道を断った。これを産経の阿比留瑠比氏(論説委員兼政治部編集委員)は「憲法39条が定める一事不再理の精神に反する二重処分」と断じ、「東京地検特捜部が100人規模の検事を動員して徹底調査した結果、不起訴(嫌疑なし)とされた自民党議員を、自民党総裁がさらに痛めつける」と批判する(10日付)。
「怨念との決別」諭す
石破首相の「腹の内」について産経の桑原聡氏(嘱託記者)は連載コラム「モンテーニュとの対話」(11日付、187回)で、不記載議員への国民の怒りをうまく利用して、これまで蔑(ないがし)ろにしてきた旧安倍派を標的に江戸の敵を長崎で討つかのごとき復讐(ふくしゅう)劇を演じていると読み解く。
「石破首相は世論を神に祭り上げ、神の代弁者、すなわち正義の味方として敵対勢力に『宗教戦争』を仕掛けている。私にはそう映る。山本夏彦さんの名言を思い出す。確かこんな内容だった。『汚職は国を滅ぼさないが、正義は国を滅ぼすのである』」
少なからず識者は「怨念と決別せよ」と諭しているが(例えば本紙11日付「政界一喝」)、石破首相は馬耳東風。岸田文雄前首相は自称の「聞く耳」を疑われたが、その姿勢も継承しているようだ。
神に祭り上げられた「世論」はむろん、朝日を筆頭とする左派メディアが設えた。衆院解散を受けて朝日10日付は「石破新政権を問う 裏金問題への対応焦点」(1面)「裏金対応 どこまで本気」(2面)、「裏金解明、解散で先送り」(4面)、「裏金 立場一変」(社会面)。毎日10日付も「『自民裏金』審判」(1面)、「裏金議員 当落は」(3面)、「裏金議員 ピリピリ」(社会面)と裏金一色。野党共闘はうまくいっていないが、メディア共闘は上出来である。
レッテル貼りに終始
読売は「国難を乗り越える処方箋を示せ」と「国難」を問い、産経は「日本守り抜く政策訴えよ」と「政策」を質(ただ)したが(いずれも10日付社説)、かき消されてしまった。正論に国民まで馬耳東風なら、これこそ国家的危機だ。
それで朝日が来年の戦後80年を見据えて「百年 未来への歴史」と題するシリーズ(不定期掲載)を組んでいたのを思い出した。その序章(8月2日付)で米国の安全保障指導者育成のためのテキストから「外交」「情報」「軍事」「経済」の英語の頭文字を取った「DIME(ダイム)」を紹介し、「国力」について論じていたからだ。
「国力」と言えば、総裁選第1回投票で1位となった高市早苗氏(前経済安全保障相)の『国力研究』(産経新聞社刊)がある。総選挙こそ、「国力」論議に相応(ふさわ)しい。その土壌に朝日も乗ってくれば面白いと思ったが、残念なことに裏金のラベリング(レッテル貼り)に終始している。
桑原氏が取り上げた「正義は国を滅ぼす」は山本夏彦氏の1983年4月の言だそうだ(ネット版「ディリー新潮」)。昔も今も変わらぬ風景で、いささか情けない。(増 記代司)