深センでの事件と類似
中国南部の深センで9月18日、日本人学校に通う10歳の男子児童が刃物で襲われ死亡した事件が起き、中国在住の日本人家庭に大きな衝撃を与えているが、欧州のアルプスの小国スイスでも10月1日正午すぎ、同国最大の都市チューリヒ市北部エリコン地区の住宅街で中国人男性による児童刺傷事件が起きた。
まず、スイス公共放送協会のウェブサイト「スイスインフォ」の2日発のニュースレターから事件の概要を紹介する。
「チューリヒ市北部で1日午後、路上を歩いていた幼稚園児の集団に男がナイフのようなもので切り付け、子供3人が負傷した。チューリヒ市警察は中国人の男(23)を逮捕した。チューリヒ市警察によると、けがをしたのはいずれも5歳児。1人は重傷で、残り2人は中程度のけがを負い、病院に搬送された」
香港紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストは同日、「スイスで刺傷事件が起きるのは極めてまれで、子供が巻き込まれる場合はさらに珍しい。襲撃は外国人の居住許可を扱う入国管理局に近い、並木のある静かな住宅街で起きた」と報じている。
チューリヒの刺傷事件は9月の日本人児童殺傷事件と似ている。容疑者が中国人男性、狙われたのは児童、武器はナイフ、という点だ。異なるのはチューリヒの場合、容疑者は23歳、深センの殺傷事件の場合、容疑者は44歳だったことだ。
サウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙によれば、「中国では最近、人が多く集まる場所などでの刃物による事件が相次いでいる」という。今年6月には東部の江蘇省蘇州で日本人学校のスクールバスが、刃物を持った男に襲われ、日本人の親子がけがをし、男を止めようとした中国人女性が死亡する事件が起きていることから、現地で生活する日本人の間で安全への不安が高まっている。
中国が政治的圧力か
ところで、スイスインフォから続報が届いた。それを読んで驚いた。容疑者の国籍を削除するという通達だ。曰(いわ)く「2日配信の記事を、検察・警察の報道発表などを基に修正・追記しました。なお警察・検察の声明や、国内外のメディアは容疑者の男の国籍を公表しているが、スイスインフォは自社の報道ガイドラインに基づき、国籍については言及しない」というのだ。
児童を襲撃した犯人は中国人の23歳の男性で昨年からスイスに留学していた学生だ。スイスインフォはその容疑者の国籍を削除するというのだ。2日発の最初の記事では「チューリヒ、ナイフで園児襲撃、複数男児ケガ、中国人男逮捕」という見出しだったが、4日発では「チューリヒ、男がナイフで園児襲撃、命に別状なし」という見出しに変更され、「中国人男逮捕」は削除されていた。
中国での児童襲撃事件について、日本のメディアでは「直接的に政治的な動機に関連しているという明確な証拠はないが、中国国内で高まるナショナリズムや、他国(特に日本)との緊張関係が間接的にこうした暴力を助長している可能性がある」という受け取り方が主流となっている。
スイスインフォが「自社の報道ガイドラインに基づいて」容疑者の国籍を記事から削除したことに対して、穿(うが)った見方をすれば、中国からの政治的圧力があったのではないだろうか。
サウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙は、「中国国内でナショナリズムが高まっていることに対する懸念はあるが、中国政府は、殺傷事件が外国人に対する広範な反感を反映したものではないと強調している」と報じている。中国共産党政権が多発する児童襲撃事件に神経質となっていることがうかがえる。
移民問題とみる右派
ちなみに、スイス最大の政党である右派・国民党はソーシャルメディアでこの事件に言及し、「輸入犯罪にうんざりしているなら、国境を守るための嘆願書に署名してください」と、ナイフを持った両手の写真を添えた記事を投稿している。スイスの右派政党はチーリヒの児童刺傷事件を移民問題と関連して受け取っていることが分かる。(小川敏)