
一転して慎重な姿勢
国会論戦重視から早期解散、「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」構想・金融所得課税強化の後退など、首相就任前と後における石破茂首相の豹変(ひょうへん)ぶりを示す材料は幾つもあるが、「選択的夫婦別姓」(夫婦別姓)はその一つだ。
自民党総裁選時の討論会やテレビ出演で、首相は夫婦別姓の導入によって家族が崩壊するという理屈が分からない、女性の権利は尊重しなければならないなどと発言し導入に前のめりだった。ところが、首相就任後は、国会で「国民の間にさまざまな意見がある」「家族の在り方の根幹に関わる問題」と述べて、一転、導入に慎重な姿勢を示している。
「君主豹変す」ということわざがある。徳の高い立派な人物が過ちを改めた時は、豹の皮の斑点のように鮮やかに変化するという意味だが、石破首相の場合、過ちを改めたのとはだいぶ違う。衆院解散、総選挙に向け、自分の考えより党利党略を優先させたとみられている。
それはともかく、石破政権が誕生すれば夫婦別姓が実現すると期待を膨らませていた賛成派は、その豹変ぶりにさぞや落胆していることだろう。希望を持たせた分、「罪深い」とも言える。
TBS「サンデーモーニング」(サンモニ)もその豹変ぶりに失望したようで、6日の放送では「石破カラーが薄れたという批判が出ている」(司会の膳場貴子氏)と、世評を持ち出しながらも酷評した。夫婦別姓については、このコメンテーターは特に失望しているのではないか。石破政権誕生で「疑似政権交代を目指したのだろうが、疑似政権交代になっていない」と語ったジャーナリストの松原耕二氏だ。
「違う集団になった」
松原氏は、9月中旬まではジャーナリストの青木理氏と隔週出演だったが、このところ毎週出演している。というのも、青木氏は筆者が先月26日付の本欄で取り上げた「劣等民族」発言で結局、先月末にユーチューブ番組で発言を謝罪して撤回した上、当分の間テレビ出演を自粛すると表明したからだ。
ある種のけじめとして、青木氏の出演自粛は当然だが、サンモニは同氏の「劣等民族」発言については取り上げず、出演自粛についても説明していない。今からでも遅くない。これまでの“だんまり姿勢”を豹変させて、視聴者に説明したらどうか。
それはさておき、夫婦別姓について松原氏は先月29日の放送で、こんなことを言っていた。「自民党は2009年、旧民主党に政権を取られた時に、意識して旧民主党と差別化するため、あえて右に寄った部分があった。その後、安倍晋三元首相が長期政権を築いて、右派と呼ばれる議員や党員も増えていって、われわれの住む社会とはちょっと違う部分のある傾向の集団になった。それが選択的夫婦別姓がいまだにできない理由です」。その上で、石破政権の誕生で自民党がどう変わるのか注目したいとして、夫婦別姓実現に期待をにじませた。
国民の多くが望んだ
ここで松原氏が使った「われわれ」とは誰のことなのか。左派色の強いサンモニと安倍元首相の保守的な政治思想が違うのはその通りだが、「国民」という意味ならそれは違うし、安倍政権が国民の住む社会と違ったから、夫婦別姓が実現しなかったわけでもない。それを示す世論調査がある。
内閣府が2021年12月に行った「家族の法制に関する世論調査」では、結婚後の姓について「同姓制度を維持した方がよい」と答えた人が27%、「選択的夫婦別姓を導入した方がよい」が28・9%だった。これだけだと夫婦別姓賛成派が多いように思えるが、そうではない。「同姓制度を維持した上で、旧姓の通称使用についての法制度を設けた方がよい」が42・2%もあった。つまり、同姓維持派は7割に達しているのだ。しかも夫婦別姓支持派の中で実際に別姓にすると答えたのは3割にすぎない。
だから、夫婦別姓が実現しなかったのは、安倍政権下の自民党が右に寄って国民と「違う社会」の集団になったからではなく、国民の多くが夫婦同姓の維持を望んでいるからなのだ。この数値を見れば、国民から乖離(かいり)した社会にいるのは青木、松原両氏らを出演させてきたサンモニの方なのである。
(森田清策)