中国側「個別の案件」
中国広東省深圳市で日本人学校に登校中だった10歳の男児が刃物を持った44歳の男に襲われ、死亡した。
中国では6月にも江蘇省蘇州で、日本人学校の送迎バスが襲われ、日本人の母子が負傷し、阻止しようとしたバス案内係の中国人女性が刺されて死亡する事件が起きたばかりだった。この時、中国外務省は「偶発的な事件」と釈明した。米国で行われた日中外相会談で王毅外相は、刺殺事件を「個別の案件」として調査、処理するとした上で「冷静に事件を扱い、政治化は避けるべきだ」と語った。
この事件を重く見た各紙は社説を張った。朝日は20日付社説で「現時点で事件を『反日』と直結させるのは戒めたい」と、中国がこれまで行ってきた「反日教育」が事件の引き金になっているのではという誰しもが思うことに歯止めをかける。
朝日は「ネットで反日的な言論を拡散する中国人はいるが、一部にすぎない」と主張するが、犯罪は良識ある一般市民ではなく偏執狂的一部の人間が引き起こすものだ。その一部の偏執者をつくり上げた「反日教育」の影響を考慮に入れないというのは腑(ふ)に落ちない。
無論、先に結論ありきの断罪は許されないが、歴史的にも視野を広げた上で事件の本質に迫っていかないと、二度あることは三度あるということにもなりかねない。
さらなる事件を危惧
日経は25日付社説で、日中外相会談で王毅外相が「偶発的な個別案件」という従来の立場を崩さなかったことに関し「中国外交トップが、たまたま起きたことを意味する『偶発』とし、他事件とは関連しない『個別』とも明言したのは、政治・社会的な背景から日本人学校が故意に狙われたわけではないと示唆したも同じだ」と批判した。その上で日経は、中国側が問題があることを認めず6月の蘇州事件以降も「有効な対策は打ち出されなかった。このままなら再びどこかで似た事件が起きる可能性は捨てきれない」とさらなる事件発生への危惧を表明した。
ともあれ、犯人を突き動かした動機など事件の核心を明らかにすることが肝要だが、中国は6月の事件同様、今回の事件でも焦点をうやむやにしたまま時間稼ぎをしているきらいがある。中国にとって都合の悪いことには口をつぐむという、誠実さの欠落がここでも鮮明に見て取れる。
なお産経は26日付主張で、反日教育が事件の背景にあるとの見方に対し、中国が自国に「仇日(日本を恨む)教育」はないと主張して、「中国の安全リスクが日本で騒ぎ立てられていると反発した」と書いた。その上で産経は「事件への深刻な反省なしに十分な安全対策が生まれるとは考えられない」と日経同様、事件再発への危惧を表明した。
本質を見極める台湾
また産経は犯行動機の情報公開をしない中国に対し、「隠蔽(いんぺい)していると疑われても仕方あるまい。中国共産党政権は統治の正当性を宣伝するため、愛国教育の名の下に反日教育を続けてきた。犯行動機を公表すれば、中国政府の責任が明らかになることを恐れているのではないか」と断罪した。
この点について、ずばり本質に踏み込んだのが台湾の自由時報だった。同紙23日付社説で「偶発的で個別的事案では決してない。長年の外国憎悪教育にあおられた義和団的心理が引き起こした」ときっぱりと論じ「中国共産党が長年にわたって国民に植え付けてきた民族主義と外国敵視教育が、ついに悲劇を引き起こした」と総括した。
自由時報の社説は、演繹(えんえき)的ではあるが朝日が躊躇(ちゅうちょ)し、産経さえも遠回しに批判した「反日教育」説をダイレクトに投じた。
台湾は中国の強権的圧政と謀略に常に向き合ってきた国だ。それだけに中国の本質部分を見極める視力はたけているし、率直に語るすごみもある。
(池永達夫)