与野党問わない定番
「国のためならば電信柱にでも頭を下げるつもりで総裁になった」―。これは1960年に岸信介首相の後を継いだ池田勇人氏の言である。今回の自民党総裁選で電信柱に頭を下げた人がいるかどうかは知らないが、議員ともなると、与野党を問わず「電信柱にも頭を下げる」。これは選挙運動の“定番”である。ましてや票をまとめる団体になら、いくらでも頭を下げる。それは組織票と呼ばれる。自民党は各種団体、野党は労組が組織票を担ってきたのはよく知られたことだ。来たる総選挙でもそれが見られるだろう。
いささか堅苦しく言えば、元来、政治活動の自由は憲法21条(集会・結社・表現の自由)で保障される国民の基本的人権である。憲法学者によれば、それは普遍的(特定の国民が排除されてはならない)、固有的(人は生まれながら保持している)、不可侵的(侵すことができない性質)、永久的(現在のみならず将来の国民も保持する)という四つの性格を持つ。(星野安三郎監修『口語六法全書 憲法』自由国民社)
だから個人は言うまでもなく、政党・議員が団体票を獲得しようとする政治活動も、各種団体の政党・議員らを支援する政治活動も、公職選挙法に抵触しない限り、とやかく言われる筋合いは全くない。それどころか、国家権力であろうと「第四権力」のメディアであろうと、基本的人権としてこれを守らなければならないのである。
支援団体資料を入手
こんな教科書的な話を頭に浮かべたのは、朝日が17日付朝刊1面トップで写真週刊誌張りの「スクープ」を放ったからだ。見出しにいわく、「安倍氏、旧統一教会会長と面談か 13年参院選直前 総裁応接室」。写真付きだ。紙面をめくれば2面のほぼ全ページを使って背景説明などを書き、「13年参院選は自民大勝 『安倍一強』へ」とある。
記事は、同選挙で自民党は参議院で過半数を獲得し、衆参ねじれ現象を解消。名実ともに第2次安倍晋三政権が始動する契機となったとしている。なるほど旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)とその友好団体の“奮闘”が安倍一強にひと役買ったわけだ。
さらに朝日は21日付朝刊1面トップで「教団系支援 党本部に報告 安倍氏面談で支援確認の北村氏」と続報した。こちらは「(同選挙で)自民党選対本部が作成した『比例代表公認候補者支援団体・企業一覧』と題する資料を入手した」とし、「北村氏は自身の支援組織として数十の団体・企業を届け出た。その中に教団友好団体『世界平和連合』」があり「改選の19年参院選時に自民党選対本部が作成した資料でも、北村氏は100程度の団体・企業を届け、その中に世界平和連合があった」と記している。
これが事実なら北村氏は組織票獲得へ、それこそ「電信柱にも頭を下げる」ほどの努力をしていることが知れる。自民党総裁はこうした団体にも目配りしなければ、とうてい与党の座を維持できない。旧教団会長と面談して何が悪いものか、と筆者は思う。
政治工作に手を貸す
そんなことより朝日記事には看過できない問題が潜んでいる。選対の資料は言ってみれば企業秘密に等しい。候補者にとっては支持団体名が漏洩(ろうえい)すれば、他党どころか身内から切り崩しに遭いかねない。それほどの重みがある。それが平然と朝日に流れているのだ。誰かが流したのか、それとも盗まれたのか。背信行為、いや犯罪にも成りかねない。
このことこそ問うべきだ。朝日は旧教団問題を「安倍路線つぶし」に利用してきた。安倍氏の遺志を継承する候補者を狙い撃ちにする「スクープ」とすれば、総裁選への介入になりはしないか。党本部関係者と結託しているとなると、高市早苗候補のリーフレット問題どころの話ではなくなる。党総裁選管理委員会がこれを放置すれば、メディアの一線を越えた朝日の政治工作に手を貸したも同然だ。これは事件と言わねばならない。
(増 記代司)