合理性より文化への誇り
自民党総裁選で「選択的夫婦別姓」の是非が争点の一つになっている。世論調査で人気の高かった小泉進次郎氏が実現に意欲を示していることが大きく影響している。その小泉氏の推進姿勢は、日本経済団体連合会(経団連=十倉雅和会長)が今年6月に同制度の早期実現を政府に提言したことと関係がありそうだ。
小泉氏は立候補表明の記者会見で、旧姓では不動産登記などができないと発言、勉強不足を露呈させてしまった。実際は今年4月から、旧姓併記による登記が可能になっている。併記では可能だが、旧姓だけではできないが正確な表現だ。経団連の提言にも「通称では不動産登記ができない」とある。通称とは旧姓のことで、小泉氏はこれを読んでいたことで舌足らずの表現になったのではないか。また、提言は両親が別姓を選択した場合、子供の姓をどうするかについてはまったく触れていない。働く者の利便性・合理性だけで家族の在り方を考えるようでは、日本の将来が危ぶまれる。
総裁選で投票権を持つ党員・党友の間では告示後、小泉氏への支持率が下がっているとの調査結果が出ている。自民党には家族を大切に考える保守派が多いから、家族の一体性を壊す懸念がある選択的夫婦別姓への賛成表明が徒(あだ)となったのだろう。
一方、選択的夫婦別姓に対して前のめりな経団連に対しては、ビジネス界からも批判が出ている。マーケティングプランナーの松尾雅人氏による論考『「夫婦別姓」を求める経団連・十倉会長に物申す」』(「Hanada」10月号)はその代表例と言える。
松尾氏はビジネスの視点から合理性を追及するだけではブランド力は育たず、不合理な文化への誇りこそが真のブランドを築くと力説していて興味深い。結婚し、姓を変える側にとっては、不合理かもしれないが、そこを越えて家族の絆を強めるところに日本的な文化があり、それが世界の人々を惹(ひ)きつけるのである。
経団連の提言に反対する松尾氏でも以前、選択的夫婦別姓に賛成していた。理由は「社内結婚して私の姓となった妻に不便をかけたからだ」という。仕事をしていれば、結婚して名前が変われば不便はある程度避けられない。まさに、これが経団連が政府に選択的夫婦別姓の早期実現を提言した理由だ。
だが、松尾氏は結婚から3年ほど経(た)って考えが変わった。「不合理を乗り越え、不断に繰り返したあとであり、家族と思えるようになってからである。時期に違いはあっても、妻も同様であろう」と、自身の経験を述べている。これは、結婚した多くの夫婦が経験することで、この3年というのは夫婦だけでなく、新卒就職者でも同様で、「この三年が我慢できなければ次はない。逆に言えば、この三年を乗り越えることで新しい景色が見えるのだ」。「石の上にも3年」である。
そして、松尾氏はユニークな二つの提言を行っている。一つは「職場における選択的夫婦同姓」、つまり職場においては旧姓使用を基本として、姓を変えたい人が変えるように建て付けを転換するのである。最近、結婚しても旧姓使用を続ける人が多いのだから、こちらの方が現実に即しているかもしれない。ちなみに、経団連の調査では、企業の91%が旧姓使用を認めている。
もう一つは「婚姻後、夫が妻の籍に入ることを国として奨励すること」だという。確かに現在、妻が夫の姓を名乗るケースが圧倒的に多い。妻が一人っ子の場合、夫の姓を名乗ったのでは、実家の旧姓が途絶えるということが選択的夫婦別姓が主張される理由の一つになっている。少子化によってこのケースはさらに増えるだろう。
夫に兄弟がいる場合は、妻の姓を名乗ることは現在も行われている。しかし、選択的夫婦別姓推進派は、あたかも女性がいつも犠牲になっているかのように詭弁(きべん)を弄(ろう)しているから、その主張を覆し、日本の家族を守るために、夫が妻の籍に入ることを、国が奨励するのは一つの手かもしれない。