不見識者として糾弾
11月5日の米大統領選に向け先週、民主党のハリス副大統領と共和党のトランプ前大統領が初の候補者討論会を行った。
主要各紙は社説で、これを論じた。朝日は13日付社説「米テレビ討論会 政策論議の低調を憂う」で、「民主政治の土台は、事実にもとづいた多様な論議である。虚偽や誇張を繰り返すようでは、この大国を立て直す道筋が描けるはずもない」と前置きして社論を進めていく。
その上で同社説は「トランプ氏によるウソの乱発」を告発、「(犬猫などペットを食べているといった)根拠のない移民の犯罪情報を事実であるかのように語ったり、犯罪率が悪化していると統計に反する主張をしたりした」と書いた。かねて移民を犯罪者などと呼んできたトランプ氏を、社会の少数派に対しデマを拡散し、憎悪をあおる不見識者として糾弾する。
無論、朝日は一方的糾弾は「民主的」ではないことを熟知している。そして同社説は「ハリス氏も、トランプ政権末期の失業率は大恐慌以来最悪だったと述べるなど誤りがあった」と指摘はするが、続けて「ただ、全体的には中間層の生活支援策を具体的に唱えるなど、トランプ氏と比べれば政策本位だった」とハリス氏に評価点を付与する。
さらに同社説は「対外政策については、第3次大戦の瀬戸際と訴えるトランプ氏と、同盟重視を唱えるハリス氏の主張はかみ合わなかった」とし、「次期政権がめざすインド太平洋政策は語られず、外交論議は低調だった」と総括した。
的を射た産経の危惧
これを拾い読みするだけでも、朝日の拳(こぶし)はトランプ氏に振り上げられ、ハリス氏により好意を抱いていることは鮮明だ。その筆のタッチは、不偏不党を建前とするわが国のマスコミの域を超え、民主党支持をはっきり打ち出すニューヨーク・タイムズやワシントンポスト並みとも感じる。
この点、わが国のメディアとして腑(ふ)に落ちる論陣を張ったのは産経だった。
産経は12日付主張「米大統領選討論会 再度の機会で対中議論を」で「語られたことより、語られなかったことに対して懸念が募る」と前置きし「今の世界秩序を力で変更しようとする専制国家に、米大統領としてどのように対応していくかについては、ほとんど言及がなかった」と書いた。
さらに産経は同主張で「米国は世界一の軍事・経済大国だ。世界秩序安定のカギを握るインド太平洋地域が討論会のテーマとならず、台湾が中国から威圧を受けている問題について両氏から自発的な発言がなかった点は憂慮せざるを得ない」とし、「米国のこの地域への関心が低下していると見なされるようになれば、地域覇権を狙う中国が勢いづきかねない」と危惧の念を強くする。
東アジア最大の安全保障の懸念事項になっている覇権志向の強い中国に対する西側陣営の対処能力向上策と戦略策定を急がないことには、東アジアのみならず世界の安全保障は担保されないのだから産経の危惧は的を射たものだ。
次回討論会を求める
その産経と朝日の見解が一致したのは、次の討論会の開催だった。産経は今回、語られなかった安全保障問題に焦点を当て「専制国家の脅威から世界の平和と安定をどう守っていくかについて議論してほしい」とし、朝日は嘘(うそ)や誇張もない「良質な政策論争」の実現を望むとした。だが討論から数日も経(た)たぬうちに、トランプ陣営から「次回はない」ときっぱりとピリオドを打たれた。
これではトランプ氏の討論会での分の悪さを認めたようなものだが、政治家は結果をたたき出す必要がある。トランプ陣営は共和・民主が拮抗(きっこう)する接戦州を中心に、戸別訪問による“どぶ板戦略”を展開している。対象は投票意欲の低い有権者だ。これが功を奏して、新たな有権者層の掘り起こしにつながるのか注目される。電波や活字を媒介としたメディアが大きな力を持つのは事実だが、そういう時代だからこそ、生身で一対一の対話による選挙運動も新鮮な力を発揮するかもしれない。注目したいポイントの一つだ。(池永達夫)