殺傷事件の発生直後
ドイツのショルツ政権は8月30日、2021年以来初めてアフガニスタン出身の不法難民28人を強制送還した。ステフェン・ヘーベストライト政府報道官は、「今回送還されたのは、全て有罪判決を受けたアフガン国籍者であり、ドイツに滞在する権利がなく、退去命令が出されていた不法難民だ」と説明した。
ドイツはタリバンがカブールを占拠して以来、アフガンと公式の外交関係を有していない。独週刊誌シュピーゲル誌によると、「送還はライプチヒ空港からカタール航空のチャーター機を使って行われた。…アフガンへの強制送還は、ドイツ内務省が主導し、連邦首相府と共同で約2カ月前から準備されていたものだ」という。
予想されたことだが、アフガン不法難民の強制送還に批判の声が上がっている。不法難民とはいえアフガン人を強制送還することは、①送還されたアフガン人の生命の危険②ドイツがアフガン人を強制送還することでタリバン政府を間接的に認知する結果となる―という理由から、国際人権擁護団体のアムネスティ・インターナショナルはドイツ政府を批判している。
ショルツ政権は「アフガン出身の不法難民の強制送還は今年6月ごろから慎重に準備されてきた。突発的な決定ではない」と弁明している。だが、ドイツ西部ノルトライン=ウェストファーレン州ゾーリンゲン市で8月23日夜、市創設650年祭を開催中、ナイフを持ったシリア出身の28歳の男が祭りに集まった人々を襲撃し、3人を殺害し、8人に負傷を負わせるという殺傷事件が起きた直後で、難民・移民問題が大きなテーマとなっていた。容疑者は22年12月末にドイツに来て亡命を申請したが、却下されたにもかかわらず、その後もドイツ国内に不法滞在していた。
ドイツのメディアでは「容疑者を難民申請却下直後、ダブリン協定に基づいて欧州で最初に難民申請したブルガリアに強制送還するか、シリアに送還していたならば、3人のドイツ国民が殺害されることはなかった」という批判の声が聞かれる。
抜本的対策望む野党
ドイツ連邦検察は、ゾーリンゲンのテロ事件を「イスラム過激派による犯行」と断言し、ショルツ政権は8月29日、イスラム過激派テロに対する防護策、違法移民対策、および銃規制の強化を目的とした新たな対策を発表した。
野党第1党の「キリスト教民主同盟」(CDU)のメルツ党首はゾーリンゲン事件直後、「シリアとアフガンからの移民受け入れを全面的にストップすべきだ」と述べていた。同党首はショルツ政権のアフガン不法難民の強制送還決定に対しても、「現政権の政策は不十分だ」と指摘し、難民・移民政策の抜本的な見直しを要求している。
今回の政府決定に対し、右派のタブロイド紙「ビルト」は「重大犯罪者の送還を歓迎する。ドイツ政府は国の安全保障が最優先であり、犯罪者を保護する理由はない。今回の送還は、最近の一連の暴力事件やテロの脅威に対する厳しい対応として評価する」と報じている。
一方、リベラルなシュピーゲル誌は、「送還は人権問題や国際法違反のリスクを孕(はら)んでいる。アフガンでは依然として人権侵害が常態化しており、タリバン政権下での送還は、帰還者が深刻な危険にさらされる可能性がある」と懸念。また、「今回の決定がドイツの基本法や国際法に違反する可能性がある」と指摘、政府の対応に批判的だ。
急増する難民申請者
いずれにしても、今回の送還決定は、ドイツ国内の政治的圧力や治安の懸念から行われたものであり、社会全体での評価は割れている。安全保障を重視する一方で、人権への配慮が不足しているという批判は根強い。
ちなみに、ドイツにおける昨年の難民申請者数は急増し、35万人以上が申請した。前年度比51%の増加で、申請者の出身国はシリア、トルコ、アフガニスタンがトップ3だ。シリアとアフガニスタンからの申請者は、紛争や人権侵害の影響で難民の認知率は高く、この傾向は今年上半期も続いている。(小川 敏)