トップオピニオンメディアウォッチ【終戦の日】8月ジャーナリズムによる戦争体験の継承に疑問を投げ掛ける識者

【終戦の日】8月ジャーナリズムによる戦争体験の継承に疑問を投げ掛ける識者

インタビューをしているイメージ(Unsplash)
インタビューをしているイメージ(Unsplash)

定型化したスタイル

猛暑の折、しばしば“避暑地”として利用するのが、街の本屋さんである。といっても蔵書は5万冊にも上る大型書店。店内にはソファーがあり、本探しは休み休み。そこで出会った高齢者と他愛もない話をしたりする。その知人が来ると、また違った話題に花が咲く。高齢者の「記憶の引き出し」は実に多いと感心させられる。もっとも曖昧だったり、話の辻褄(つじつま)が合わなかったり―。

こんな日常を思い出したのは、8月の「終戦の日」報道で各紙が競うように戦争体験者の話を載せていたからだ。聞き手はその方のどの「引き出し」を開けたのだろうか。学習院大学教授の井上寿一氏は、毎日紙上で「被害視点だけでは不戦守れず」と戦争体験の継承の在り方に一石を投じている。(17日付「井上寿一の近代史の扉」)

「私たち後の世代が戦争体験を継承すべきことに異論はない。しかし、たとえば次のような定型化したインタビューのスタイルには疑問が残る」と、こう指摘する。「戦後に長い間、沈黙を守っていた人々が自身の行く末を考える。最後に戦争の記憶を残さなければいけないと思い直して証言する。生き地獄のような被害体験を語った後、戦争は絶対にしてはならないと結ぶ」

同じパターンなのである。井上氏は史料実証主義の歴史研究者の立場から、「事後的な回想には記憶の改変が紛れ込むリスクがある」とし、戦争の全体像を見失わせることにつながりかねないと警鐘を鳴らす。「証言者は戦争の別の側面も語ったかもしれない。あるいはインタビューする側の問いかけ次第で異なる証言を得られただろう」

記憶はもはや神話に

その上で「民衆は被害者である一方、加害者として積極的に戦争に協力した。戦前の婦人運動家、市川房枝が戦時中の戦争協力を問われて、戦後、公職追放となったこともよく知られている。このような戦時下の日本社会の現実を直視すれば、被害者の視点から戦争の悲惨さを訴えても、不戦を守ることができるとは限らないのではないか」と問うている。

いわゆる8月ジャーナリズムへの疑問である。メディア史家の佐藤卓己氏(京都大学名誉教授)は、朝日紙上でメディアの在り方を痛烈に批判している。(7月27日付「『8・15神話』が絶った外の対話」)

「戦後長らくメディアが作り上げた『記憶』は、引用や孫引きが繰り返されることで、国民の集合的記憶=体験として歴史化していく。それはもはや『神話』と言えます。戦前と戦後の断絶を設定する『8・15神話』は、両者の連続性を隠蔽する効果をもたらしてきました。8月ジャーナリズムは『戦争の記憶』ではなく、『戦後の忘却』の上に存在しているのです」

その上で佐藤氏は、「『終戦』は相手国のある外交事項で、降伏文書に調印した9月2日が国際法上の終戦日であり、翌3日をロシアも中国も対日戦勝日としています」とし、終戦の日を二つに分け8月15日を「戦没者を追悼する日」、9月2日を「平和を祈念する日」にすべきとし、9月ジャーナリズムを提唱している。それは「(8月の)内向きさと情緒性を省みたうえで、理性的で対話的な新たなジャーナリズムを構築する試み」との位置付けである。

歴史の政治化が過熱

すでに近年、「歴史のポリティクス」(政治化)が過熱している。佐藤氏は歴史戦や情報戦という不穏な言葉を使うのは適切ではないが、内向きな「記憶の55年体制」に閉じこもっている限り、他国の歴史利用に対峙できないと強調している。

来年は戦後80年、昭和100年である。朝日は7月30日付から「百年 未来への歴史」とのシリーズを始めた(不定期掲載)。産経は8月11日付から「昭和『100年』あのとき 私は…」をスタートさせた(毎週日曜日付)。その意味で歴史戦がすでに始まっている。読者はメディアリテラシーを高めねばなるまい。

(増 記代司)

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