手放した宗教性・先祖崇拝
もうすぐ9月だというのに、猛暑が続く。お盆が過ぎて、秋の気配が強まる心地よさは、もう過去のものなのだろうか。猛暑は近年続いていたが、今年は身を焼くばかりの酷暑である。
日本人にとって、8は特別な月だ。「あの世」から家に戻ってくる先祖の霊を祀(まつ)るお盆の一連の行事が行われる。その間に「終戦の日」(8月15日)を迎え、あの大戦で亡くなった死者に哀悼の意を表すとともに、戦争の惨禍を振り返る。戦前の価値観と“家制度”否定の法体系から、核家族化と個人主義が当たり前となった現在、先祖との絆、歴史との繋(つな)がりは弱くなったが、8月はそれらを確認する上で、わずかに残った貴重な時期と言えよう。
来年は80度目の終戦の日だ。80年と言えば、人の寿命に相当する長さだ。だとすれば今は、8月15日前後の行事に凝縮された日本人の精神文化は、大きな節目を迎えていると捉えるべきだ。この間、お盆と終戦の日の迎え方が変わり、死者の霊との向き合い方が違ってきたことで、日本人の精神性はどう変わったのか。そして、失ったものがあるとすれば、それは何だろうか。失ったものはあまりにも大きいとさえ思える。
そんなことを考えたのは、月刊『Voice』9月号に掲載された京都大学名誉教授、佐伯啓思の論考「『終戦の日』に私たちが問うべきもの」を読んだからだ。この論考は12ページに及ぶ力作だが、その前半部分を中心に、日本人が失ったものについて考えてみたい。
論考の中で佐伯が述べているように、ほとんどの日本人は、お盆と終戦の日が重なった8月15日には、「あの戦争で出征(しゅっせい)して」そのまま戻ってこなかったり、「空襲などで命を落としたりした親族や友人の顔を浮かべつつ、あの戦争を振り返ってきた」し、哀悼の意を表してきた。そして「死者の無念の魂に仮託して、先の大戦の意味を問い直し続けてきた」。このような日本人の「精神的習慣」は少なくとも彼の子供の頃の「一九六〇年代には社会のなかに歴然と存在していた」と言う。
「しかしいま、日本の夏からは厳粛(げんしゅく)な空気が消え去ろうとしている。いや、すでに消え去ったかのようにも思える」と、佐伯は述べている。筆者の亡父の兄、つまり伯父は中国大陸で戦死している。だから、父が生きていた時と亡くなった後では、終戦の日を迎える家族の厳粛さが違ってきたのを感じる。
お盆の迎え方もまた近年、筆者の幼少時(1960年代)とは大きく様変わりしている。盆棚の飾りは簡素化し「なすの牛」「きゅうりの馬」もなくなった。家にやってくるお坊さんのお経も短くなった。わが家では仏壇のある部屋にエアコンがないので、筆者と妻や子も、それを歓迎してはいるが。
お盆に限らず、死者の法事や法要も簡素化されている。初盆をやらない家もあれば、一周忌や三回忌などもまとめて執り行われることが少なくない。
最近、中学の同級生の十三回忌に参席したが、お坊さんは「最近、十三回忌を執り行う家が減っている。故人はさぞ喜んでいることでしょう」と語っていた。そう語るお坊さんも檀家(だんか)も法事が少なくなって大変である。
このように、死者の魂に向き合う機会が減ってくれば、日本人の精神性に大きな変化が生まれるのは当然だ。小さい頃から、法要やお盆などを通じて死者に向き合う機会が多いことは、人生観の根幹と言える死生観の形成に強い影響を与えるのだから。
先に、佐伯が、日本の夏から厳粛さが消え去ったかのように思えると述べたことを紹介したが、その後、彼は次のように指摘している。
「それはすなわち、いつしか日本人が、われわれの倫理観や道徳観をかたちづくってきた二つの精神的基盤を失いつつあることを意味している」。この指摘は重大な意味を持つと思う。筆者が今回、佐伯の論考を選んだ理由もここにある。
では、佐伯が指摘する、失った二つの精神的基盤とは何か。一つは、宗教的な観念だ。先祖の霊を迎えるにしろ戦死者を悼むにしろ、宗教的な観念なくしては厳粛な空気には包まれない。終戦の日に厳かさが消えているとすれば、取りも直さずそれは、日本人からの宗教的な観念の消失を意味する。
(森田 清策)






