バイデン氏撤退表明
米国のハリス副大統領が民主党の大統領候補に指名されるのが確実となった。現地の世論調査では、同氏に対する支持率は共和党のトランプ前大統領と拮抗(きっこう)しているという。同氏は民主党内でも左派で、政治手腕についても未熟だと言われている。今回の世論調査は、バイデン大統領が撤退することで、トランプ氏を倒す可能性が増すなら、候補者に拘らないという民主党支持者の心理が見て取れる。
トランプ氏暗殺未遂事件が共和党支持者の結束を強めたが、そのことが、認知機能の低下が露呈し、撤退しなければ敗北が確実視されていたバイデン氏に引導を渡す形となった。保守層を支持基盤とするトランプ陣営の結束が民主党陣営の危機意識を高めるという現象は、米国の分断がのっぴきならない次元に達している証左である。この状況をほくそ笑む権威主義国家の指導者が複数いることを忘れてはなるまい。
日本のテレビに出演する学者や評論家には、民主党びいきでトランプ嫌いが多い。これまでは、大統領選を接戦に持ち込めるのはハリス氏なのか、あるいはその他にいるのか、という観点で論じられることが多かった。しかし、日本にも多大な影響を及ぼす米大統領選挙について、党派性だけで論じていいはずはない。
「選挙戦から退き、大統領としての残りの任期に集中することが最善の利益である」。バイデン氏が撤退表明した声明文の一部だが、これに異を唱える外交ジャーナリストがいる。手嶋龍一氏だ。
「ハリス氏に不安も」
22日夜放送のBSフジ「プライムニュース」で、スタジオに招かれた手嶋氏は、もしバイデン氏に「万全な判断力」があるなら、大統領の座を譲るべきだというのである。そんな“ウルトラC”を述べる理由は二つある。
一つは、民主党にとっては「現大統領と前大統領の一騎打ち」にした方が「最善」だという。もう一つは、こちらの方がより本質的な問題で、米大統領は「核のボタン」を委ねられていることだ。つまり、米国だけでなく日本をはじめとした同盟国、ひいては世界の運命を握っているのであり、認知機能が低下したまま大統領職に留(とど)まることは恐ろしい話だというのである。
司会の反町理・フジテレビ報道局解説委員長から、大統領候補としてのハリス氏のセールスポイントは何かと聞かれた手嶋氏は「ほとんどない」と手厳しい。そして「問題は、果たしてハリス副大統領に、米国だけでなく同盟国、日本の安全保障をも委ねるだけの力量が本当にあるのか。このことについては、バイデン大統領は口には出さないが、知っていて、一抹の不安を持っていたはずだ」とも述べる。
これはアイロニーだ。バイデン氏はその認知機能の低下で核の発射命令の判断を下す能力に疑問符が付いてしまったが、これまたその能力が不安視される副大統領に、その座を譲るとすれば、どうしても慎重にならざるを得ない。大統領の座を降りることが「最善の利益」だとしても、その座を譲る相手を信頼しきっていないとすれば、バイデン氏が大統領選挙からの撤退に留めたということも頷(うなず)けてしまう。
日本でも論じるべき
トランプ氏は「彼(バイデン氏)は最初から大統領にふさわしくなかったが、周囲の人たちは精神的、肉体的、認知的な衰えについて米国に嘘(うそ)をついた。民主党が誰を擁立しようと同じことの繰り返しになるだけだ」と、21日にSNSに書いた。あまり品のいい表現とは言えないが、核のボタンを考えると、的は射ているといえよう。
米国の大統領選挙は、核のボタンを誰に委ねるかという選挙だ。日本においてもこの観点から論じられてしかるべきだろう。
番組の後半のテーマは、9月の自民党総裁選について。スタジオに招いたのは、若手のホープとして期待が高い小林鷹之・前経済安全保障担当相と、元衆議院議長の伊吹文明氏。反町氏は小林氏に「総裁選に出ろ」とけしかけたが、それよりも支持率が低迷する岸田文雄首相は「総裁選に出馬すべきなのか」と伊吹氏に聞いてほしかった。
(森田清策)