朴正熙大統領評価する初の映画
月刊朝鮮(7月号)に映画「朴正熙:経済大国を夢見た男」の案内が載っていた。この稿が出る頃にはソウルはじめ韓国全土で封切られているが、同誌によると「アジア7カ国でも配給が確定している」という。日本、台湾、マレーシア、タイ、ベトナム、カンボジア、ミャンマーの各国だ。さらにインドネシア、フィリピン、シンガポールの3国と配給の方向で協議が進んでいるとのことだ。
これだけ関心が向けられるのは「5000年の貧困克服をつくり出した朴正熙の業績の一つと数えられる『セマウル運動』が国際社会で熱い視線を浴びている」ことを反映したものだという。「セマウル」とは「新しい村」の意で、「農民の生活の革新、環境の改善、所得の増大を通じ、それまで経済開発から取り残されていた農村の近代化を、主として政府主導で実現した」(ウィキペディア)運動だ。
同誌によれば「朴正熙大統領の業績に光を当てた映画は今回が初めて」だという。韓国の現代化に大きく貢献し、「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を牽引(けんいん)した指導者の映画がどうして今まで作られなかったのか。
それは朴大統領以降の韓国政治が深く関わっている。朴大統領の後を引き継いだ軍事政権下では、朴氏を描くには自己宣伝、政権の正当化に利用されるし、その後の民主化以降の時代では、逆に軍事独裁を一方的に断罪する方向になってしまう。保守と左派の政権交代を繰り返してきて、今になってようやく朴正煕を“そのまま”描くことができるようになったということだろう。
実際、文在寅政権など左派政権の時代には、韓国現代史の大事件がもっぱら左派の視点で描かれてきた。1980年の光州事件を扱った「タクシー運転士」(邦題:タクシー運転手 約束は海を越えて)、87年の民主化運動を描いた「1987」(邦題:1987、ある闘いの真実)などがそれだ。
最近では79年の粛軍クーデターを描いた「ソウルの春」が公開され1300万観客動員で歴代級の大ヒットとなっている。これは朴正熙大統領暗殺後、権力を掌握していく全斗煥保安司令官(当時)の“悪辣(あくらつ)ぶり”をデフォルメしたもので左派の“悪意”すら感じられる出来だ。
一方で左派政権から保守の尹錫悦大統領となり、これまで評価の分かれてきた建国大統領の李承晩の一代記を描いたドキュメンタリー「建国戦争」などが高く評価されてもいる。映画「朴正熙」はそうした流れの中で打ち出されたもので、保守派の巻き返しともとれるものだ。
ただ、朴正熙の功績を「セマウル運動」にだけ限定するのはどうだろうか。本編を見ていないので何とも言えないが、30秒ほどの予告編を見る限り、ミュージカルを映像で撮った形式で、左派映画のようなドラマ性や迫力には欠ける印象だった。
さらに、朴正熙の功績は北朝鮮の侵略を止め、米国の支援を引っ張ってきて自由世界の最前線で共産主義と対峙(たいじ)してきたこと、対日国交正常化交渉を決着させ、現代化の原資を確保し技術支援を獲得したこと、農村振興だけでなく財閥を先頭に立てて産業振興をしたこと、等々、今日の韓国の発展の基礎を造成したことだ。これらが描かれないようでは朴正熙の「夢」だとは言えないだろう。
左派が事実をなぞりながらも巧みにフィクションを入れ込み、見る者の感情に訴える映画を作るのに比べたら、保守派のプロパガンダは到底及ばないと言わざるを得ないのが残念だ。(岩崎 哲)