対北朝鮮外交に拘泥する韓国
「『米朝交渉の成否が2018年の米中間選挙と20年の米大統領選挙を決定するだろう』。18年6月、米朝首脳会談を控えて韓国メディアと政界の一角で横行した主張だ」
これは新東亜(5月号)に載った「世界が韓国を中心に回っているという錯覚」という記事の冒頭である。書いたのは米外交政策研究所(FPRI)ユーラシアフェローのホン・テファ氏だ。また、こうも書いている。
「『韓半島イシューが米選挙の核心アジェンダ』という考えは、韓国が世界の中心という前提を基盤とする“韓半島天動説”だ」
この考えを土台として「韓国が米中間の綱渡り外交を通じて双方から実利を取ることができる」「韓国が米中競争を制御できる」という主張に発展し、これは「信仰の領域に近い」とホン氏は呆(あき)れる。米フィラデルフィアに本拠を置いているホン氏からすれば、滑稽にすら映ったのだろう。
米国から「韓国はいったいどちらに付くのか」と旗幟(きし)鮮明にすることを求められたのは前の文在寅政権だった。彼らの外交は「南北協力と対北朝鮮制裁解除に焦点を置いた」から、南北朝鮮問題を軸に米国と中国、さらにロシア、日本の「周辺4強国」をこれに動員するためにはどうしたらいいかという視点に偏った。だから情勢判断にご都合主義がまかり通ったのはある意味当然のことだったのである。
保守で日米韓の協力体制にシフトしたはずの尹錫悦政権ですら、「対北朝鮮政策を他の全ての外交イシューより優先視」せざるを得ない。南北分断の現状と朝鮮半島の置かれている地政学的位置を勘案すれば、韓国外交はどうしてもその視点から始まらざるを得ない。
だが現実の世界は朝鮮半島を中心に回っているわけではない。ウクライナ戦争、ガザ紛争をはじめとして、南北問題を上回る喫緊の危機はいくらでも存在し、世界はそれに対処しようとしている。
韓国も北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に参加して、引き続きウクライナ支援を表明してはいるが、朝鮮半島以外の地域に関心を向けるのは、どこか“上の空”感が拭えない。
例えば朝鮮半島情勢に深刻で直接的な影響を及ぼす台湾海峡問題ですらも、韓国野党の政治家は「自分たちと何の関係があるか」と対岸の火事視なのだ。しかし受ける影響は甚大である。ホン氏は「国内物流量の40%が台湾海峡を通過する。ブルームバーグ通信は台湾に戦争が起これば韓国の国内総生産(GDP)が23%減ると予想した」と伝えている。
それよりも、台湾有事では在韓米軍の派兵もあり、既に米国は韓国政府にこれを提案しているという話もある。韓国に軍事的空白やアンバランスが生じれば、北が誤った判断をしないとは言い切れない。韓国の死活問題なのだが、ホン氏は「多くの政界要人はこの問題にそっぽを向く。なぜ韓半島の外のことに敢(あ)えて関与して中国との関係を損ねるのか、との論理だ」と述べる。
台湾に事があれば韓国も米国の軍事介入に加担するようになる。当然中国は牽制(けんせい)してくるか、露骨な圧力をかけてくる。韓国にとってその方が厄介なのだ。
韓国が中国の機嫌をうかがうのは、韓国外交の第一目標である北朝鮮への影響力を最も持っているのが中国だからだ。何となれば、韓国の専門家の中には、中国は北朝鮮が制御不能になれば軍事介入して併合してしまうだろう、とさえ思っている人が少なくない。対北を第一に置く限り、中国は視野のど真ん中に置いておかなければならない、という考えが韓国専門家の中に基盤としてあるのである。
北朝鮮は今年に入って南北問題を「敵対国」関係に規定して、「民族の統一」の看板を下ろした。経済協力や文化交流を通じて「統一性を回復しつつ」緩やかに統一に向かう、という論理はすでに過去のものだ。相手方が「戦争で倒す」と言っているのに、経済協力も何もない。
韓国は「天動説」から脱却し、世界情勢の中で朝鮮半島を正当に位置付けて戦略を立てていくべきだが、韓国内にいてはその視点を獲得するのが難しい。フィラデルフィアからの声にどう向き合うのか。(岩崎 哲)