
各紙「中傷合戦」批判
米民主党のバイデン大統領と共和党のトランプ前大統領による初回のテレビ討論会が行われた。各紙は社説で論評し、不評だった点では判で押したように一致した。
毎日の6月30日付社説「米大統領選の討論会 中傷合戦では展望見えぬ」では、「耳を疑うような中傷合戦だった」と前置きし「バイデン氏が『バカな負け犬』と言い放てば、トランプ氏は『弱腰』とやり返し、『犯罪者』とののしり合った」と述べ「開いた口がふさがらない」と総括した。
読売は同29日付社説「米大統領選討論 両候補とも不安がつきまとう」で、「お互いを『史上最悪』とけなし、激しく非難する。どちらの候補も、米国指導者にふさわしい資質や能力を示したとは言い難い」とした上で、「最も深刻なのは、トランプ氏が選挙結果を受け入れるかどうかを問われ、『公正で合法的』な選挙であれば従うと述べ、事実上、条件を付けたことである」とした。再び大統領を目指すのであれば、民主主義の根幹を支える選挙制度を軽んじるような態度は改めるべきだというのが論旨だ。
日経も同29日付け社説「世界が不安を覚えた米大統領の討論会」で、トランプ氏の条件付き選挙結果受け入れ発言問題を取り上げ、「こうした手法は有権者を誤った判断に導きかねず、問題がある」とした。
力の信奉者の革命観
各紙駄目出しオンパレードの中、産経だけは“積極的”な駄目出し論陣を張った。同紙は29日付主張「米大統領選討論会 『中国』をなぜ語らぬのか」で、冒頭の「実りある討論会だったとは言えまい」というのは各紙と同じだが、「力の信奉者である専制国家が国際秩序を脅かす動きを進める中、世界の平和と安定をどう守っていくのかは、火急の課題だ」と続けた。「世界一の経済・軍事大国で、最も強い影響力を持つ米国の大統領候補にまず語ってほしかったのは、その覚悟と具体的な政策である」というのだ。
産経がこだわったのは、中国問題だった。同主張では「国際秩序の最大の攪乱(かくらん)要因である中国について語らなかったのは問題である」と書いた。筆者もこの点は同意見だ。今や中国は米海軍よりも多くの軍艦を保有している。艦船の質では米国に劣るものの、現在、60カ国で100以上の港湾を中国が所有・管理するか、投資している。通常戦力と核戦力を急速に近代化させ、戦略核の配備もほぼ倍増させている。宇宙とサイバースペースにおいても能力強化でその爪を研いでいる。
古代アテネがスパルタと対立し、第1次世界大戦前夜にドイツが英国と対立したように、台頭するパワーは既存のパワーに挑戦してくるものだ。とりわけ中国共産党政権誕生のDNAには、「政権は銃口から生まれる」という力の信奉者としての革命観がある。
世界に発信するべき
産経の主張は「中国は台湾への軍事力行使を否定せず、頼清徳政権への圧迫を強めている。南シナ海でも中国は、強引な軍事拡張を続け、フィリピンと摩擦を強めている。先端技術窃取の疑いなど、経済安全保障上の観点からも脅威である」と指摘する。東アジアのみならず西側陣営を蝕(むしば)み始めた中国の脅威は、自由や人権といった民主主義国家とは異なる強権国家に起因する。
自由と民主主義の世界最大の後ろ盾である米国を、こうした中国に対処すべくどうリードするのか次期大統領候補の口から世界に発信すべきだろう。大手各紙は討論やディベートではなく、相手のマイナス面をあげつらう非難中傷合戦に堕した名ばかりの大統領選討論会を非難したが、産経は語るべきことを語らず、主張すべきことを主張しなかった両者の志の低さを諫(いさ)めた。(池永達夫)