
「極端な二重権力」構造に
韓国では4月に行われた総選挙結果の分析が続いている。月刊中央(6月号)で韓国選挙学会会長を務めた培材大教授の金亨俊(キムヒョンジュン)氏が「保守の再建は可能か」を寄せており、韓国政治の“地殻変動”について考察している。
保守系の尹錫悦元検察総長が大統領になって劇的に対日関係を改善させてきたが、それを批判する左派政党が政権を奪還すれば“短い春”に終わる可能性もある。政権によって政策が極端に変わるからで、わが国としても関心を寄せざるを得ない。
総選挙の結果、韓国は「極端な二重権力」構造になったと金教授は言う。それは“汝矣島(ヨイド)大統領”という言葉に端的に現れている。尹大統領は青瓦台から大統領執務室を龍山の国防部(部は省に相当)に移したことでメディアから“龍山大統領”と呼ばれるようになったが、国会の権力が大きくなったことで、これに対置する権力が国会に現れたという意味だ。汝矣島は国会議事堂の所在地である。
次に金教授は尹政権が「“植物政権”に転落する危機に直面した」と指摘する。巨大野党は政府の提出する法案をほぼ否決することができ、代わりに法案処理を思うままにできるようになった。今はまだ与党が指名した韓悳洙(ハンドクス)首相がそのまま選挙後も座を占めているが、野党が指名してくる首相候補を尹大統領が任命することも十分あり得るのだ。
次の金教授の指摘は韓国政治の地殻が大きく変わったことを実感させる。「韓国の政治地形が進歩政党が主導する『全野圏の時代』に突入し、保守政党は非主流派に転落した」というものだ。
韓国は保守と左派が政権交代を行ってきた。保守政権では日米との連携を軸に民主陣営の一員としての立ち位置を鮮明にするが、左派政権になると文在寅前政権のように「従北親中、反日離米」などの極端な政策を取る。振り子が左右に大きく揺れるのだ。そのたびに対日関係では歴史問題が蒸し返され、それが安全保障、経済関係にも影を落としてきた。
民主主義、資本主義経済陣営の国だといっても、「中国には『謝謝』と言っておけばいい」(李在明共に民主党代表)という人物が大統領にでもなれば、東(日米)を向いていた韓国の顔はまた西(中国、北朝鮮)に向きがちになることは十分に考えられる。
侮れないのは総選挙では、学生運動を主導した親北団体「全大協(全国大学生代表者協議会)」世代と、主体思想派の「韓総連(韓国大学総学生会連合)」世代が議席を占めたことだと金氏は危惧する。一方「保守政党はTK(大邱・慶尚北道)とPK(釜山・慶尚南道)だけで多数議席を占める“嶺南党”に転落した」とした。嶺南とは慶尚道を指す。つまり保守は地域政党レベルになってしまったということだ。
こうした保守没落の原因として金氏は、▲変化と革新を怠り理念的硬直性から抜け出せなかった▲外縁拡張に失敗した▲庶民の支持、特に若年層の心をつかめなかった▲貧弱な大衆化、などを挙げているが、特に注目なのは「保守アイデンティティーの危機」だ。
何かと言えば「保守右派は危機ごとに認知度は高いが政治経験が足りない外部人物を“輸血”してしのいできた」とし、「政治経綸豊かな重鎮をオールドボーイという理由で疎外してきた」ことである。
当選回数を重ね、党役員、閣僚経験を積んで派閥の長、党総裁に就き、内閣総理大臣に指名されるという日本の議院内閣制と違い、いわば“ぽっと出”の人物が担がれて大権に就くことができるのが韓国の大統領制だ。尹錫悦氏についても散々言われてきたことで、その危惧が今、現実化している。
では「保守は再建される」のだろうか。金氏は「全野圏」時代の中で保守は「保守の立場で進歩の問題を正確に明らかにし、自分の政治哲学と価値に対する省察が必要」という朴亨埈((パクヒョンジュン)釜山市長の言葉を紹介する。その場しのぎで人気者を出すのでなく、将来の大統領を確固とした理念の下でじっくり育てるということだ。惜しむらくは韓国政治にはその時間がないということである。
(岩崎 哲)