
イスラエル批判高揚
オーストリア代表紙プレッセ(5月31日付)は「窮地に陥るアラブの世界」という見出しで、アラブ諸国の指導者がガザ紛争、イスラム組織ハマスの台頭に直面して苦悩する状況を分析している。
パレスチナ自治区ガザを実効支配しているハマスがイスラエル領に侵入し、奇襲テロを実行、約1200人のイスラエル人を虐殺し、250人以上を人質にしてから今月7日で8カ月が過ぎた。
イスラエルはハマスの奇襲テロへの報復攻撃を開始し、ガザ地区でハマスとの戦闘を展開。パレスチナ保健当局によると、3万5000人以上のパレスチナ人犠牲者が出、国際社会はイスラエル軍の軍事攻勢を批判し、ガザでの軍事行動の即時停止を要求する一方、国際刑事裁判所(ICC)は5月20日、イスラエルのネタニヤフ首相、ガラント国防相を戦争犯罪人として逮捕状を請求するなど、ガザ紛争が長期化するにつれてイスラエルへの批判が高まっている。
プレッセ紙は「パレスチナ人に多くの犠牲が出るにつれてサウジアラビア、ヨルダン、エジプト、アラブ首長国連邦(UAE)などアラブ諸国ではイスラエルへの批判が強まる一方で、ハマスへの支持が高まってきている。アラブ諸国の指導者たちは国内でハマス支持が高まることに警戒心を強めてきた」と指摘している。
アラブ諸国は公式にはイスラエル側を批判している。ガザ最南部ラファの避難民エリアをイスラエル軍が空爆し、多くの犠牲者が出ると、サウジからクウェートまでアラブ諸国で一斉にイスラエル批判のトーンが高まった。米シンクタンク、ウッドロー・ウィルソン・センターの中東専門家ジョー・マカロン氏は「イスラエルは中東ではますます不可触民(パーリヤ)国家となってきた」と表現しているほどだ。
しかし、イスラエルと外交関係を締結しているエジプト、ヨルダン、UAEなどのアラブ諸国では、ガザ紛争後、イスラエルとの関係を断つといった動きは現時点では見られない。
ハマスの台頭を警戒
プレッセ紙によると、サウジではハマスへの支持率は昨年10月7日の奇襲テロ前は約10%だったが、テロ事件後40%に急上昇した。今年1月実施された調査によると、アラブ16カ国の国民の3分の2はハマスの奇襲テロを正当化し、80%は「米国とイスラエルが中東の安全を脅かしている」と受け取っているという。
ハマスの支持が高まったということはハマスを軍事的、経済的に支援しているイランの成果となる。スンニ派の盟主サウジとシーア派の代表イランは歴史的に中東のヘゲモニー争いを展開してきた関係だ。そしてハマスの背後にはイスラム原理主義者の政治組織ムスリム同胞団がいる。アラブ諸国の多くはムスリム同胞団をテロ組織と受け取っている。
エジプトがパレスチナ難民を受け入れない理由としては、経済的な負担があるが、それだけではない。難民の中にハマスが入り込み、その過激な思想が国内に広がることを恐れているからだ。エジプトはムスリム同胞団の発祥地であり、ハマスはムスリム同胞団の系列に入る。
米との安保協定躊躇
ドイツ民間ニュース専門局ntvのケビン・シュルテ記者はハマスの奇襲テロ直後の昨年11月4日、「なぜアラブ諸国はパレスチナ人を恐れるか」という記事で、「アラブ世界はパレスチナ人に同情しているが、潜在的には彼らを危険な番犬と見なし、自分たちの寝室や子供たちから遠ざけたいと考えている。番犬は寝室ではなく庭につながれ、敵(イスラエル)に対して吠(ほ)え続けばいいと思っている」と辛辣(しんらつ)に書いている。
なお、サウジのムハンマド皇太子は米国との安全保障協定の締結をここにきて躊躇(ちゅうちょ)しだしている。なぜなら、同協定ではイスラエルとの関係正常化が義務付けられているからだ。ガザ紛争の停戦なくして、同皇太子は同協定を締結できないのだ。(小川 敏)