「反政府」に利用する
「私たちはこの都市を占拠する(革新自治体を作る)ことによって、国家権力を包囲してしまう」。かつて革新首長(旧社会党・共産党が与党)のリーダーだった飛鳥田一雄・元横浜市長は北朝鮮を訪問した際、金日成主席(当時)にこんな「革命戦略」を披歴した。立憲民主党の蓮舫参院議員の場合はこうである。
「自民党政治を終わらせなければいけない。自民党の延命に手を貸す小池(百合子)都政をリセットする。その先頭に立つのが私の使命」
蓮舫氏は自民党政権を打倒するために7月の東京都知事選に出馬するのだと言う(5月27日、記者会見)。小池氏は自民党ではないが、それを無理くりに自民党にして露骨に都知事選を「反政府」に利用する。こんな手法は久方ぶりだ。「(立憲と共産などでつくる)都知事選の候補者選定委員会からの要請は今年に入ってからもいただいていたので、そういう選択もあるのかなと認識はしていた」と蓮舫氏は述べているから、「立憲共産党」の立ち位置だ。それで飛鳥田語録を思い出した。
リベラル紙は、「首都決戦 構図がらり 補選・地方選連勝 立憲、勝負の一手」(毎日同28日付)と、はしゃいでいる。記事は「政局目線」ばかりで都政を巡る政策論は皆無に等しかった。記者会見が立憲の党本部で行われたからか、同党番の記者らが質疑を仕切ったようで何らツッコミがない。
善戦すれば損はなし
朝日デジタル版(同27日付)に主な一問一答が載っているが、都政に関しては「多くの樹木伐採が批判されている明治神宮外苑地区の再開発計画について」と「小池知事が関東大震災の朝鮮人犠牲者追悼式典に追悼文を送らない態度を続けていることについて」の2問ぐらいで、思わず「それっきりですか」とちゃかしたくなる。いずれも左翼団体やリベラル紙が批判してきたもので、1400万人の都政全体から見れば(枝葉末節とまでは言わないが)、「柱」の政策とはとうてい呼べまい。
蓮舫氏は小池氏に注目が集まる都議会定例会初日に立憲や共産会派などを訪問する「メディア戦略」(政治ジャーナリスト、田崎史郎氏)に余念がない。むろん「反自民・非小池」もメディア戦略で、政治家につきものの「本音」を新聞はまったく触れない。
皮肉なことに朝日デジタル版(27日付)で、これをズバリ語っておられるご仁がおられた。福田充・日本大学危機管理学部教授である。蓮舫氏にとっては都知事選に勝っても負けても「善戦さえすれば、損はない」と指摘している。
―仮に負けても、勝った小池氏に「善戦」すれば、立憲はじめ野党有利の反自民の追い風は維持でき、岸田政権の責任論と退陣要求、解散総選挙に追い込む風を立憲がリードできる。(蓮舫氏は)立憲に恩を売れ、次の解散総選挙で衆院鞍替えができ、その選挙での勝利を受けて首相候補へ名乗り出ることができる、その道筋まで見通した今回の立候補である―と。
新聞は無用の長物に
つまり勝てば都知事として総理の座を狙える(小池氏がそうと言われるように)。負けても損はない。こんな計算は政治記者ならとっくに分かっているはずだが、紙面には一字もない。福田氏は言う。
「今回の東京都知事選は、あまりに国政に利用されており、さらには個人的野心に利用されており、いずれにしても、政策不在、理念不在で、都知事選や都政が進むようであれば、最も被害を受けるのは難題が山積している東京都民であり、弱者である。東京都知事選を政治ショーにするのではなく、国政の身代わりにするのではなく、理念や理想に基づいた、都民のための市民のための政策の議論を実質化してほしいと願うばかりである」
さすが危機管理学からの視点である。こんな記事こそ新聞にほしいが、政局目線の政治記事はスルーだ。ならば「社会の木鐸(ぼくたく)」の資格なし。新聞は無用の長物と化す。
(増 記代司)