強権統治型への転換
亜細亜大の范雲濤教授(61)=中国籍=が昨年2月に中国に一時帰国し、失踪したことが4月下旬に明らかになった。范氏は音信が途絶える前、周囲に「当局者に同行を求められ、尋問を受けた」と漏らしていたことから、中国で拘束された可能性が高い。この中国人教授失踪を朝日と産経が社説で扱った。
朝日は4月27日付社説「中国人学者不明 民間交流が窒息する」で、「日中の教育・文化交流を妨げかねない異常な事態だ」との問題意識を示した。さらに同社説は「日本人が中国で拘束された場合は日本政府が大使館を通じて関与できるが、中国籍の場合は困難が伴う」とした上で「(范氏は)多くの学生を育て、文化交流の担い手として日中の相互理解にも多大な貢献をしてきた。日本人ビジネスマンだけでなく、日中間を行き来する中国人も不安にさせていることを中国政府は認識すべきだ」と主張した。
こうした状況が「異常事態」との朝日の危機認識は間違ってはいないものの、それを「民間交流を窒息させ」「日中の教育・文化交流を妨げかねない」と日中民間交流の次元だけで捉えているところがいかにも朝日らしい脇の甘さを感じさせる。
危機の本質にあるのは、外に窓を大きく開いた「改革開放」を否定し、鄧小平路線から強権統治型の習近平路線へ転換したことだ。
残念な日本学術会議
中国は昨年7月に改正反スパイ法を施行し、摘発を強化。さらに今月から改正国家秘密保護法を施行した。外国人や海外在住の中国人への取り締まりが強化されることが危惧される。
一方、産経の4月26日付主張「中国人教授不明 学問の自由を脅かすのか」では、人権侵害の恐れだけではなく、日本の学問の自由が脅かされているとの懸念を強調。「中国は昨年7月に改正反スパイ法を施行し、摘発を強化した。中国籍であっても日本で活動する研究者らを不当に拘束することは、日本の学問の自由を踏みにじるものである。政府は、彼らが日本で自由に学問や研究ができるよう中国に要求すべきだ」と述べ、「この問題で日本学術会議が積極的な動きを見せていないのも残念である。抗議声明を出すべきではないか」と主張した。
さらに言えば、日本学術会議のみならず華人教授会議が事実究明を求める声を上げないのは情けない限りだ。
2003年に発足した華人教授会議は、日本の大学やシンクタンクなどの研究機関で働く教授やシニアフェローなどで構成される団体だ。その華人教授会議の立ち上げに貢献したのは初代代表の朱建栄・東洋学園大学教授だった。
その朱建栄氏も2013年7月、上海で失踪するという事件が発生したことがある。この時は、2カ月後に中国当局から拘束の事実が明らかにされ、翌年1月に解放されている。
自由に批判できない
中国当局によって半年間、拘束された朱氏に、華人教授会議が沈黙を保ったことについて、東大で翌年に開催された同会議で抗議の声を上げた日本人を目撃したことがある。
その日本人は、同僚のような存在であり何より華人教授会議を立ち上げ同会議代表でもあった朱氏の拘束に対し抗議の声を上げるのは当たり前のことじゃないかと迫ったが、華人教授グループは沈黙を保った。
この時、同じ日本にいながら中国籍の教授と日本人教授の間に大きな溝がある事実に気づかされた。
思想信条の自由や言論の自由が保障された日本では、社会的不条理を自由に批判できるが、司法の独立がない中国共産党政権の下では、「籠の鳥」の自由でしかないということだ。籠を構成するのは、共産党に属する中国人民解放軍と公安組織だ。
その籠が年々、狭まってきているばかりか、竹の格子だったものが鉄格子に変化しているのも気に掛かるところだ。籠の変容を指示している習近平政権の意図こそが問題の核心だ。(池永達夫)