揺らぐ父・母の概念
心の性と体の性が違う人に対して、一定の条件を満たせば性別変更を認める「性同一性障害特例法」が制定されてもうすぐ21年。性別違和で苦しむ当事者にとっての救済措置だが、その反面、「男」「女」だけでなく「父」「母」の概念も揺らいでしまうのではないかと危惧していたが、それが現実のものになりつつある。
特例法は、当事者に子が生まれないようにした上で性別変更を認めている。しかし、実際は子がいるにもかかわらず、性別変更が認められているケースが表面化。X(旧ツイッター)では、「特例法はザル法と化してしまう」など、社会混乱を懸念する書き込みが溢(あふ)れている。
2003年7月施行の特例法(08年一部修正)には「現に未成年の子がいないこと」、生殖能力を「永続的に欠く」などの要件がある。それに従えば、未成年の子がある当事者の性別変更や、変更後に子をもうけることは不可能である。そうでないと、当事者が「父」なのか「母」なのか、子は混乱してしまう事態が生じるからだ。しかし、どんな法にも抜け穴はある。
事態を説明しよう。元男性(40代)は、女性パートナー(30代)との間に2018年夏と20年、性別変更前に冷凍保存した精子を用い長女と次女をもうけた。性別変更し法的に「女性」となったのはこの間の18年11月。次女が生まれたあと、自治体に2人の認知届を提出したが不受理となり、21年6月、子2人を原告、元男性を被告として認知を求め提訴した。
二つある混乱の原因
家裁は22年2月、請求を棄却。元男性は民法が規定する「父」「母」のいずれにも該当しないと判断したのだ。これに対し高裁は同年8月、性別変更前に生まれた長女に関しては「父子関係」を認定した。しかし、性別変更後に生まれた次女については、元男性を民法上の「父」とすることはできないとして訴えを退けたため、次女側のみ上告した。
そして、最高裁第2小法廷はこのほど、5月31日に上告弁論を行うことを決めた。これは、二審の結論変更に必要な手続きだから、親子関係を否定した高裁判決が見直される見通しだ。
なんともややこしい話だが、問題を整理すると、混乱の原因は二つあることが分かる。一つは、特例法に「現に未成年の子がいない」という要件があるにもかかわらず、凍結精子で長女をもうけていた元男性が性別変更できたことだ。長女を認知していなかったのだ。
もう一つは、生殖能力を「永続的に欠く」との要件もあるのに、性別変更後に凍結精子で次女をもうけたことだ。特例法は、子の福祉を考え、性別変更した当事者は子をもうけることができないようにしていた。子にとって、当事者は「父」なのか「母」なのか混乱し、成長に深刻な影響を与えると考えられるからだ。しかし、この元男性はそんな心配を無視。凍結精子を用いて次女をもうけた。元男性は計画的に法の抜け道を使ったのかもしれない。
懸念の声取り上げず
弁論を開くという最高裁の決定について新聞は報じたが、この訴訟の根底にある問題点については全く触れない。報道機関としては怠慢というほかない。しかし、SNS上は違う。
特にXでは「性別って何か」という基本的な疑問から、長女がいるのに性別変更を認めたことが間違いなのだから「性別を男性に戻せばいい」と訴えるものや、特例法の制定時に「凍結精子などの場合の討論はあったのか」「これで親子関係が認定されれば、特例法はザル法と化してしまう」と、法の形骸化を危惧する声が多く投稿されている。はたまた「これ、ヤバい。同性婚から『代理出産』、本当に来る」と、不安を吐露する書き込みもある。
Xとは対照的に、最高裁が元男性と次女との「父子関係」あるいは「母子関係」を求めた場合、父母の概念とそれに基づく家族の崩壊が進むことを懸念する声を、既存メディアが取り上げないのは不思議だ。(森田清策)