長男や婚外子が存在する説も
これだけ関心を集めている家族も珍しいだろう。北朝鮮の金正恩総書記一家だ。具体的に言うと彼とその子供たちだ。「たち」と複数形にしたが、表に出ているのは娘の金主愛(キムジュエ)だけ。「後継者か」とウオッチャーたちの間で議論を呼んでいるが、まだ確かなことは分からない。他に息子が2人いるとの情報もあるが、なぜ後継が息子でなくて娘なのかも納得のいく“説”がない。
このもやっとした金一家について月刊朝鮮(4月号)が特集している。「金正恩の子供たち―隠された長男・婚外子説」の記事だ。“隠し子”とは芸能人のゴシップ記事のようだが、核ミサイル開発を進め、武力による韓国侵略の意を隠さない一家の後継問題となれば、国際政治学者やメディアの分析のまな板に載る。金総書記に不測の事態が発生した場合、政権の行方に大きく影響してくるからだ。
金主愛が西側メディアに登場したのは2022年11月、新型大陸間弾道ミサイル「火星17」の“試験発射”現場だった。ミサイルを背景に金正恩と並んで歩く少女の写真が公開され、「これは誰だ」という議論を呼んだ。以後「金正恩の主要な軍事・経済視察に同行するようになった」。
「主愛」と表記されているが、これも確かなことではない。主愛と外部メディアから呼ばれるようになったのは13年、米プロバスケットボール選手のデニス・ロッドマンを通じてだ。「この時、金正恩が『うちの子』と紹介したのが『ジュエ』と訛(なま)って伝わったという説もある」と同誌は明かしている。
「うちの子」を朝鮮語で言えば「チョウィエ」に近い音になる。これを早口で言われ、ロッドマンが「ジュエ」に近い音として聞いたとの説だ。それに北朝鮮は公式に娘の名前に言及したことがなく、主愛は北朝鮮が確認した名前でもない。
しかも「チェ・ヨンス元国家情報院工作員は『月刊朝鮮』に『キム・ジュエの名前は“キム・ウンジュ”だと把握されている』と述べている」という。これは少し頷(うなず)ける話だ。「ジュ」は「主」とも読むが「柱」も同じ音だ。金日成の本名が「金成柱(キムソンジュ)」で、弟は国家副主席などを務めた「金英柱(キムヨンジュ)」である。朝鮮には一族の同一世代に同じ漢字を当てる習慣がある。この場合「柱」がそれに当たる。この祖父の「柱」と自身の名前から「恩」を取って「恩柱(ウンジュ)」としたと想像できるのだ。
ただし、母親の李雪主(リソルジュ)の「主」から取った可能性もある。両親の名前から一文字ずつ取った格好だ。韓国・北朝鮮の人名がハングルだけで表記されるため、漢字を類推しにくく、ウオッチャーを悩ませる。
主愛には兄弟がいると同誌は明らかにしている。兄の「キム・ヨンジュ」だ。これは奇(く)しくも祖父の弟と同じ音だが、おそらく「ヨン」には違う漢字が当てられているだろう。この「キム・ヨンジュ」が後継者として紹介されないのは、彼が「青白くて細身で、曽祖父の金日成に全く似ていない」からだという。
北朝鮮で権力の正統性を担保するのは「白頭の血統」であること。そして金日成のように恰幅(かっぷく)のいい指導者であることだ。金正恩が病的なまでに太って、特徴的な髪型をしているのはそのためだと言われている。
前出の「チェ・ヨンス工作員」によれば、金正恩には牡丹峰楽団団長の玄松月(ヒョンソンウォル)との間に「キム・イルボン」という息子がおり、他に「在日朝鮮総連出身女性との間に現在5歳程度の男児がいる」という情報も同誌は伝えている。もっとも韓国当局は「息子の存在を確認していない」との立場だ。
とはいえ、金正恩が健康を保てば今後30年間は権力の座にあるだろうことを勘案すれば、後継者をこんなに早く決めることではない。「一部には息子を2年前から中国に留学させ、その後西側国家に行かせて正統後継者教育を受けさせる計画もある」との情報もある一方で、主愛を「女将軍」と呼ばせるのは、金一家への忠誠心を呼び起こすためのものだとも分析されている。
ベールに包まれた金正恩一家は今後もウオッチャーの目を引き付けていく。
(敬称略)
(岩崎 哲)