トップオピニオンメディアウォッチ福島の復興に地元紙にはないイデオロギー的偏見を持ち込む毎日

福島の復興に地元紙にはないイデオロギー的偏見を持ち込む毎日

福島県の避難区域。現在も一部地域は入ることができない。
福島県の避難区域。現在も一部地域は入ることができない。

福島版は事情を理解

東日本大震災から昨日で13年を迎えた。復興が進んだ被災地では風化を危惧する声が出る一方、東京電力福島第1原発事故で避難指示が出た福島県内12市町村の復興は道半ばである。

同地域には当時、約8万8000人が住んでいたが、現在の居住人口は約1万6000人(11年比18%)。浜通り(太平洋側)の4町の人口回復は低調で、原発地元の双葉町の11年比1・5%(約100人)を筆頭に5%前後から15%程度にとどまる。

女性の割合も低い。原発の廃炉などの作業員として働く男性が多いからで、大熊は3分の1程度、富岡、双葉、浪江は4割前後だが、「バランスが悪い」と感じる人はいても、あげつらう人はいない。原発復興の特殊事情を理解するからで、地元紙や全国紙福島版には女性の活躍を取り上げる応援記事が少なからず載る。

例えば、4町に居住する女性グループは芋煮会やバーベキューを楽しんだり、LINEで情報交換したりして交流を広げ、被災地域の現状を広く発信するイベントにも参加し移住や帰還を後押ししている(読売2月22日付福島版)。大熊町大川原地区に新設された交流施設「リンクる大熊」には地元に戻った元東京電力社員の女性職員(64)が被災地を訪問した人への講話も行い「大熊の玄関」役を担っている(福島民友3月3日付)。

「帰還遠のく」と毎日

ところが、毎日は違った。地元女性の活躍など知ったことかと言わんばかりに5日付の全国版1面に「男女比 いびつなまま 大熊町・女性32% 福島第1周辺低さ突出」の見出し記事を掲げ、3面では「女性不在の復興 帰還遠のく」と断じた。だが、県内では「女性不在が復興を遅らせている」といった話は聞いたことがない。どう読んでもジェンダーフリー(「ジェンダーによる差別からの解放」なる逆差別思想)のバイアスがかかっている。

記事は浪江町の「震災・記録誌」が行政区長や団体・企業代表ら肩書のある年長の男性ばかりで、女性は97人中11人しかいない。富岡町の情報館の開所式でテープカットした5人は町長や町議会議長ら全て男性で「男が上」の意識が変わらないなどと“男性批判”を書き連ね、まるで男尊女卑社会のように描く。が、町長や区長らは男性でも女性を含めた町民・区民の代表のはずで、これを認めないのは民主主義の否定である。

また記事は富岡町の町民アンケートの回答の中に「復興半ばの町で、成熟社会の課題であるような男女共同や性的マイノリティの課題を取り上げる段階なのか疑問」(50代男性)があったとし、批判の俎上(そじょう)に載せる。これにも首を傾げる。同町は復興の端緒が就いたばかりで、それには順序がある。観念的な平等論の方こそ復興の足かせだ。回答男性の指摘は間違ってはいない。

調査への批判も疑問

どうやら記事は内閣府の男女共同参画局の“差し金”のように思われる。同局が20年に作成した自治体向けの「男女共同参画の視点からの防災・復興ガイドライン」は復興計画の策定・改定時は「委員会の女性は3割以上にする」「住民一人一人を対象としたアンケート調査などで女性の意見を把握する」が盛り込まれているとし、福島県の避難指示が出された市町村では13年度以降、復興庁の世帯主が回答する方式の調査を続けていると批判している。

これも疑問だ。世帯主の回答が家族内の女性の意見を反映していないと決めつけている。今年2月に発表された調査結果では、帰還や移住には「医療・介護福祉施設の再開や新設」「医療環境の不安解消」を挙げる人が多く(福島民友22日付)、女性の声が反映していないとは思えない。

「女性不在の復興だから帰還が遠のく」というのは明らかにイデオロギー的偏見だ。震災復興にジェンダーフリーを持ち込む毎日は日本を不寛容な「分断国家」にしたいのだろうか。(増 記代司)

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