ウクライナの教訓 登場する識者らと論説陣の見解相違極まる朝日

ウクライナのゼレンスキー大統領。この日イギリスのスナク首相を首都キーウで歓迎した(UPI)=1月13日
ウクライナのゼレンスキー大統領。この日イギリスのスナク首相を首都キーウで歓迎した(UPI)=1月13日

同盟強化など不可欠

ロシアによるウクライナ侵略戦争が勃発して2年が経(た)った。その教訓を想起してみると、専門家が指摘していたのは次の諸点だった。「戦力がないと守れない」(普段から戦闘力、特に攻撃力を強化しなければ、自国は守れない)「同盟がないと守れない」(北大西洋条約機構=NATO=加盟国なら侵攻を防げた)「戦わないと助けは来ない」(侵略を受けても自ら血を流して戦わないような国民を同盟国は本気で守らない)。これは外交評論家の宮家邦彦氏の言である(産経2022年4月7日付)。

さらに「攻撃されたら反撃すると宣言し、相手に攻撃を思いとどまらせる程度の相当の規模の反撃力を保持すること」もある。これは東大名誉教授の北岡伸一氏(読売・同4月17日付)。要は「自分の国は自分で守らねばならない」というシンプルな教訓だ。それに加えて同盟を強化すること。つまり集団的自衛権を行使できる態勢を整えることが不可欠というわけである。

その集団的自衛権について朝日25日付に興味深い記事が載った。宮沢喜一元首相の40年間に及ぶ政治行動の「日録」(1966~06年=計185冊)が見つかったというのだ。その中で宮沢氏は01年9月に米国で演説し、米軍の活動が日本の安全保障に関わる場合、「個別的自衛権の延長として集団的自衛権を認めるべきだ」と問題提起し、中国について「軍事大国になる可能性に懸念を持たざるを得ない」と警戒を訴えている。

平和賞受賞者の求め

「日録」を解説した三浦俊章記者(論説委員)は当時、米国でこの宮沢演説を聞き「内容は衝撃的だった」と記し、「13年後に安倍晋三内閣が踏み込んだ集団的自衛権の部分的行使に通じる点もある」としている。護憲・ハト派の代表格だった宮沢氏と改憲・タカ派の安倍氏は集団的自衛権を巡ってさほど違いはなかったのだ。

ウクライナ戦争によって集団的自衛権行使が問われているが、「リアリスト」(朝日の見出し)の宮沢氏ならどんな判断を下すだろう。朝日は「日録」が見つかったと騒ぐだけでなく、宮沢氏の問題提起に真摯(しんし)に向き合うべきだ。

朝日24日付にもう一つ興味深い記事が載った。22年にノーベル平和賞を受賞したウクライナの人権団体「市民自由センター(CCL)」の代表、オレクサンドラ・マトビチュクさんの言である。

「独裁者は強さだけを尊重し、弱さに対してはさらなる攻撃を仕掛ける。対話は弱さとみなされる」「攻撃を受けている側が武器を置いても、平和が訪れることはない」「武器を使ってでも、法の支配は守らなければならない」

至言である。ウクライナは武器不足で苦戦を強いられている。ノーベル平和賞受賞者が心底から武器を求めているのだ。戦争2年目の新たな教訓は「武器がなければ平和を取り戻せない」ということだろう。朝日23日付「ウクライナ侵攻2年 識者はこう見る」で政策研究大学院大学教授の岩間陽子氏が次のように指摘している。

「武器弾薬を効率的にコストダウンしてウクライナに提供する体制づくりを協議する必要がある。軍事産業は複数国で開発し複数国を市場にする、トランスナショナル(多国間)な形が主流で、日本の防衛産業も適応すべきだ」

猛反対している朝日

朝日は英国、イタリアと共同開発する次期戦闘機の第三国への直接輸出解禁について23日付社説で「平和国家の信用揺らぐ」と猛反対している。ましてやウクライナが日本に求める対戦車砲や防空ミサイルなどの供与は断固反対か。

それにしても紙上に登場する識者と朝日論説陣の見解の相違は極まっている。だいたい「平和国家の信用」なんてどこにそんなのがあったのか。武器援助もしない国は信用されない。そのような国に誰が武器を持って助けに来ようか。これでは集団的自衛権もくそもない。これには護憲・ハト派の宮沢氏も草葉の陰で呆れておられよう。

(増 記代司)

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