盛山文科相と岸田首相・小西議員の信義にもとる「笑えない喜劇」

岸田文雄首相
岸田文雄首相

「洒落にもならない」

民法に「信義則の原則」がある。お互いに相手の信頼を裏切らないように行動するというものだ。その中には「クリーンハンドの原則」もあって、誠実でなければ法律上の保護は受けられないという。

「信義」「誠実」と日本の民法は厳しい道徳律を原則としている。しかし、政治の世界はどうか。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と盛山正仁文部科学相との関係を巡る攻防を見ていると、政治家は道徳律からかなり遠い存在だと言いたくなる。

自身のユーチューブ番組で、弁護士の若狭勝氏は次のように指摘する。クリーンハンドの原則を挙げ「その意味から言って盛山大臣が旧統一教会との関係性が相当ありながら解散命令の申し立てをする大臣というのは相いれない」。つまり申し立て大臣としては失格で「洒落(しゃれ)にもならない、笑い話にしかならない」と一刀両断した。

法律家と政治家は違うとはいえ、選挙応援してくれた教団を、応援してもらった政治家が解散させようというのだから、信義にもとるというわけだ。教団の友好団体から推薦状をもらい選挙支援を受けたとされる盛山氏は「記憶にない」と逃げている。しかし、衆院議員選挙に立候補した経験がある上、長らく「嘘(うそ)の研究」を行ってきた若狭氏は「嘘をついていると思う」と、ほぼ断言する。

頑強に否定する理由

このため、若狭氏は「盛山大臣が解散命令の訴訟を遂行するのはかなり難しい」と述べる。そして、岸田文雄首相にも教団との関係が疑われるのだから、内閣が解散命令を申し立てるのではなく、検察官が宗教法人法に基づいて行うべきだったと根本的な問題を提示した。逆に言えば、政府は、検察に任せたら刑事罰を科せられたことのない教団を解散させることはできないと考えたとも捉えることができよう。

もし教団が本当に「反社」なら、そこと関係を持った政治家はクリーンハンドではなく、解散命令請求する資格を失う。なのに教団と関係が深かった自民党政権が反社と認定し請求したのだから、笑えない喜劇である。

盛山氏が教団との関係を認めてしまうと、失うのは大臣の座だけではない。若狭氏は「解散命令を申し立てたこと自体が崩れていく大きな問題。(だから)認めたくても認められない」と強調する。つまり、盛山氏が教団との関係を頑強に否定するのは、そうしないと解散命令請求が無理筋であることが明らかになり、内閣が崩壊してしまうのだ。

笑えない喜劇はもう一つある。岸田首相が昨年10月19日、解散命令請求の要件について、民法の不法行為は「入らない」とした前日の答弁を一夜にして「入る」と一転させたことだ。

秋には自慢していた

立憲民主党の参院議員、小西洋之氏が週刊新潮2月22日号でこんなことを言っている。岸田首相は、教団への解散命令は請求したくないという思いを持つ一方で「“旧統一教会の守護神”などと言われて政権が追い込まれるのを避けなければという焦燥感も覚えていた」と。さらにここからが重要なので、少し長くなるが引用する。

「そこで岸田首相なりに算盤(そろばん)を弾き、1日で法解釈をひっくり返して政権へのダメージを回避する選択をした。そこには“それまでの内閣の法解釈を貫く”あるいは“旧統一教会の問題を徹底的に解決する”、いずれの信念も存在しません。結局、岸田首相は風向きを見て政治的な態度を決めた。これは法治国家では絶対にやってはいけないことです。情けなさを感じます」。

呆れてものが言えないとはこのことだ。筆者は昨年秋、この欄で小西氏が2種類のユーチューブ動画で、岸田首相に嘘による答弁撤回を伝授したと自慢したことを取り上げた。もし自慢話が本当なら「『旧統一教会の守護神』と繰り返し言ってやる」と首相を脅して「絶対やってはいけないこと」をやらせた張本人が、今になって「情けない」と岸田首相をこき下ろすとは、開いた口がふさがらない。やはり政治家は信義や誠実とは無縁のようだ。(森田清策)

spot_img
Google Translate »