高まる相互の不信感
「イスラエル、米イスラエル関係、イスラエル・パレスチナ紛争を巡る議論は、10月7日のハマスによる大虐殺で劇的に変化した」――イスラエルの保守系紙エルサレム・ポストは、昨年のハマス襲撃によってパレスチナを巡る情勢は、「元には戻れない」ほど大きく変わったと指摘した。ここで言う「元」とは、これまで国際社会が追求してきたイスラエルとパレスチナが平和的に共存することを目指す「2国家共存」であることは言うまでもない。
ポストは「この地域に関するこれまでの原則は再検証されている。『その後』に関する議論は創造的でなければならない」と、これまでとは違う、新たなパレスチナ問題の解決方法が必要だと訴える。
その根底にあるのは、極度に高まった相互の不信感、むき出しの敵意だ。
イスラエル内で急襲を受けて反パレスチナ感情が沸き起こったことは言うまでもない。右派の間からはハマスが実効支配するガザ地区からのパレスチナ人の一掃を訴える声が高まった。パレスチナ国家の独立に反対する強硬派にとっては、追い風となった。
囚人解放で攻撃増加
米タイム誌は昨年11月、イスラエル・パレスチナ紛争に対する態度が「硬化」したことを伝えている。
イスラエル民主主義研究所の調査によると、人質交換のための戦闘休止を支持したイスラエル・ユダヤ人はわずか10%、44・3%が戦闘休止に反対した。内外でイスラエルの強硬姿勢に対する反対デモが起きていることを考えれば意外な数字だ。
英王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)のヨシ・メケルバーグ氏は、「イスラエルはこれまで、兵士1人に対し1000人以上の囚人を釈放してきたが、…結果はどうだっただろう」と述べ、イスラエル人の多くが囚人釈放によってパレスチナからの攻撃が増加することを懸念していると指摘している。
急襲をリードしたとされるハマスのヤヒヤ・シンワル氏もこうしてイスラエルから釈放された囚人の一人だった。長く、イスラエルで服役し、ヘブライ語をマスターし、イスラエル人、ユダヤ人をよく理解するとともに、強い憎しみも抱いている。そういう人物が増えることにイスラエル人が懸念を抱くのは当然だろう。
一方、調査「ピース・インデックス」を実施したテルアビブ大学「国際紛争解決・仲裁計画」のニムロッド・ロスラー氏は、和平プロセスへの世論が大きく変化したと指摘した。同氏によると、和平交渉への支持が、昨年9月の47・6%から、10月23~28日の調査では24・5%に急落した。「2001年以来最低の数字」だと言う。
一方のパレスチナ側の反イスラエル感情が高まったことは言うまでもない。
エルサレム・ポストによると、ガザ地区とヨルダン川西岸で最近実施した調査によると、ハマスの急襲をパレスチナ人の75%が支持、98%が急襲を誇りに思い、77%はイスラエルの破壊を望むという結果が出ているという。
和平推進に疑問抱く
その一方でバイデン米政権は、イスラエルに肩入れしながら、2国家共存の推進を訴える。
米国は2020年、トランプ政権時に「アブラハム合意」でイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、モロッコとの国交正常化を実現した。その上でさらに、アラブの盟主、サウジアラビアとイスラエルとの和解を模索している。
ポストは「サウジなどアラブ諸国とイスラエルの和解、パレスチナ紛争の終結が望ましい」ことに変わりはないとした上で、この「タイミングで和平推進を訴える米国の姿勢にイスラエル人は疑問を抱いている」と指摘する。
パレスチナ和平が遠のいたのは確かだろう。だが、イスラエルとパレスチナの平和的共存がついえたわけではない。(本田隆文)