「人と違う視点から」
めったにテレビに出ない作家で元外交官の佐藤優がNНK「クローズアップ現代」に登場した(1月23日)。同番組は今年から新シリーズ「新時代へのエール」をスタートさせた。初回(16日)に登場したのは、カナダでの乳がん治療体験を綴ったノンフィクション「くもをさがす」がベストセラーになった作家、西加奈子。佐藤はそれに続く出演だった。
保守とリベラル、宗教間の紛争など、価値観の違いからくる社会の分断、国家間の対立が激化している。そんな不安定さを増す時代を生き抜くヒントを探るのがシリーズの狙いだろう。そのための1人として選ばれた佐藤は、学生時代に日本社会主義青年同盟(社青同)と関わり、一方でキリスト教信仰を持つようになる。外交官としては旧ソ連・ロシアで情報収集に尽力した経歴を持つ。そんな人物に、番組が白羽の矢を立てたことは評価したい。
佐藤が避けてきたテレビ出演を引き受けたのは、大病を患ったことなどによる心境の変化があった。ウクライナ侵攻、政治と宗教、ガザにおける紛争など、さまざまな問題が「ほかの人と違う視点から見える」という彼は国民と共に考えていきたいと思うようになったのだという。
判断・行動の価値観
番組は昨年12月、ロングインタビューを行った。放映されたのはその一部だ。その中で、混迷する世界を「他者を理解し信じあえる世界へ」(番組タイトル)向かわせるためのキーワードとして佐藤が挙げたのは「内在的論理」だった。
内在的論理とは、内部にいる者の論理、あるいはそこに所属しているからこそ分かる論理で、物事を判断し行動を起こすに当たっての価値観や信念体系のことだ。それは国家や色々な組織だけでなく個人も持つもので、人の心にある道徳律もそれに当たる。
特に、外交交渉では「自分たちと違う集団、自分たちから見ると異常なこと、残虐なことをしているように見える人たちがどういう理屈を持っているのか、それをきちんと理解する」ことが重要だと佐藤は強調する。
ここでの理解は“支持”するという意味ではない。相手の行動原理を理解しないと、軋轢(あつれき)を深めてしまい交渉は成功しない。時には、防げるはずの戦争を勃発させてしまうこともある。混迷を深めるウクライナ侵攻でもプーチンの論理だけでなく、ロシアには国民が共有する特有の内在的論理を理解する必要があるという。
内在的論理と言えば、哲学用語のようで難しく聞こえる。しかし、それを理解することは、簡単に言えば他者を知るということだ。組織外の人間の見え方と、内部の人間の見え方が違い、ポジショントークのようになって溝を広げてしまうことは珍しくない。そんな時代に、相手に対する理解を深めさせる内在的論理の概念を知ることは、筆者も重要だと思う。
クロ現の内在的論理
一方、気になったことがある。番組が佐藤個人の内在的論理を十分伝えなかったことだ。インタビューしたキャスターの桑子真帆は、佐藤が命を大切に思うようになった理由を尋ねた。
佐藤は沖縄出身の母親から、手りゅう弾で16人を巻き添えにして殺す寸前までいったという沖縄戦の体験を、子供の時から聞いてきたからだと答えた。確かに「佐藤優」という人物を語る時、母親から戦争体験を聞いて育ったことは重要な要素だ。しかし、桑子が触れるのを避けた事実があった。
母親が戦争体験からキリスト教徒となり、佐藤もその影響で信徒となったことだ。佐藤について大して詳しくない筆者でもそれくらいは知っているのだから、桑子が知らないはずはない。内在的論理をキーワードと説く佐藤を登場させながら、彼の信仰について触れなかったのは、画竜点睛(がりょうてんせい)を欠くようなものではないか。もしかしたら、それがクロ現の内在的論理の反映なのかもしれない。(敬称略)
(森田清策)