靖国参拝した陸自幹部らを犯罪者扱いし関係断絶まで唱える朝日

靖国神社(photoAC)
靖国神社(photoAC)

伝統的な年始の風景

年頭は平和と安全を祈るのが日本の習いである。筆者が住む街でも交通関係団体の責任者らが神社で安全祈願祭を執り行い、市長や警察署長らが玉串をささげた。地元紙の地域版にはそうしたニュースが並んでいる。伝統的な年始の風景で、もとより憲法を持ち出してとやかく言う記事はない。ましてや元日から大惨事を目の当たりにした2024年である。

陸上自衛隊の小林弘樹陸幕副長(陸将)らが時間休を取って靖国神社に参拝し、私費で玉串料を支払い航空機の安全を祈願した。昨春、沖縄県・宮古島で発生した陸自ヘリコプター事故では第8師団長ら10人が亡くなっている。小林氏は陸自の航空事故調査委員会の責任者で同委に所属する自衛官や事務官らが参拝した。さぞや祈願に思いがこもっただろうと推察する。

それがどうだ。朝日や毎日にかかったら犯罪者扱いだ。朝日は11日付、毎日は12日付で「通達違反か」と報じ、13日付社説で申し合わせたように「旧軍との『断絶』どこへ」(朝日)、「組織的な行動は不適切だ」(毎日)と拳を挙げている。朝日はこう言う。

「憲法が定める『政教分離』の原則に抵触するというだけではない。侵略戦争と植民地支配という戦前の『負の歴史』への反省を踏まえ、平和憲法の下で新たに組織された、自衛隊の原点が風化しているのではないかと疑わせる振る舞いではないか」

政教分離に抵触せず

馬鹿を言っては困る。憲法の「政教分離」の原則に抵触しない。最高裁は津地鎮祭訴訟で「国と宗教の完全な分離は不可能」とし「目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教への援助、助長または圧迫、干渉などになる行為」は認めないとする「目的・効果基準」という解釈を示している(1977年)。

安全祈願は全国で行われている伝統行事だ。自衛官らには靖国神社の「信者」を増やそうとか、他の宗教を「圧迫」しようとする意図は何らあるまい。「通達」とは74年の事務次官通達のことで、宗教の礼拝所を部隊で参拝したり、隊員に参加を強制したりするのを禁じている。今回は時間休を取り、私服・私費で強制もない。一部幹部は能登半島地震に速やかに行動できるよう公用車を使用したが、危機管理組織の許容範囲内だ。

朝日は靖国神社を悪の権化のように言い「この機会に、陸自のみならず、自衛隊全体として、靖国神社との関係を徹底的に点検すべきだ」と関係断絶を唱えている。一昨年来、自民党に対して世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係断絶を声高に叫び教団の解散請求にまで持ち込んだ朝日は、今年は靖国神社に矛先を向けたいようだ。

敬意払う権利と義務

終戦直後、GHQ(連合国軍総司令部)に靖国神社を燃やす計画があったが、当時の駐日ローマ教皇庁代表だったイエズス会のビッテル神父がマッカーサー元帥に「いかなる国家も、その国家のために死んだ人々に対して敬意を払う権利と義務がある」と進言し靖国神社は焼失を免れた。それを朝日は今、ぶり返そうとしているのだ。

そもそも靖国神社は明治維新以降、今日まで国家の平安のために殉じた人々すなわち英霊を祀(まつ)ってきた。生前の身分や階級、宗教、性別、年齢などを問わず、等しく戦死者や殉職者を合祀(ごうし)し、現在は247万柱の御霊が祀られている。朝日はビッテル神父の言をかみしめるべきだ。

日本の歴史は終戦で断絶しているわけではない。「国に殉じる精神」を継承してこその自衛隊ではないのか。それは朝日も同じだ。「朝日航空部小史」(ホームページ参照)は戦前からの誇るべき歴史を綴(つづ)っていて「素晴らしいヒコーキ野郎」を思わせる。航空自衛隊であろうと朝日航空部であろうと飛行機乗りに変わりはない。自衛官は自らだけでなく全ての飛行機乗りの安全祈願をしたに違いない。それを足蹴(あしげ)にするとは。朝日論説陣も地に堕ちたものだ。

(増 記代司)

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