トップオピニオンメディアウォッチ2023年を振り返って【外交リーダー不在の危うさ】【政治に「性」への感知能力なし】

2023年を振り返って【外交リーダー不在の危うさ】【政治に「性」への感知能力なし】

筆者が担当する「論壇時評」は、今回が今年最後となった。「中央公論」2024年1月号に、識者が今年1年を振り返る時評座談会「戦争、性加害……積み残した課題山積、そしてトランプ再臨?」が載っている。これを論評することで、今年1年を振り返ってみたい。

対談したのは、政治学者の河野有理(法政大学教授)、国際政治学者の岩間陽子(政策研究大学院大学教授)、経済学者の井上智洋(駒澤大学准教授)の、それぞれ専門の違う3人。いずれも同誌の時評を1年間、担当してきた。

編集部が事前に23年の「三大ニュース」を挙げてもらったところ、共通したのは「戦争」だった。22年から続くウクライナ戦争は膠着(こうちゃく)状態で、後半にはイスラエル・ハマス紛争が勃発した。

「この二つの戦争・紛争をめぐる日本の世論がかならずしも重なっていない」と指摘したのは河野。「ウクライナ戦争については、対ロシアという点で日本にも当事者意識や危機意識」があった。一方、イスラエル・ハマス紛争については、世論や言論界の反応は「旧来型に回帰したように」見えるという。

どういうことかと言えば、「日本には直接関係がない世界の悲惨な出来事」と捉え、「純粋に人権や人道支援のことだけ考えて」済ましてしまっているのだ。そんなことがハマスのテロ行為よりも、ハマス掃討のための軍事作戦を続けるイスラエル非難に傾くマスコミ論調につながっているのだろう。この点、井上も「日本人にとっては主に人権の問題であり、虐殺や民間人に対する攻撃はよくないという反応が中心だ」と述べている。

一方、井上は進行中の二つの戦争・紛争の背景にある共通点を指摘する。何かと言えば、「いずれも欧米を中心とした陣営と中国・ロシアを中心とした陣営の対立軸」だ。日本はこの対立軸の中で、どういう立ち位置を取るべきかが問われているのだが、「かつて外交を巧みにリードした安倍さんはもういません」と、岩間が指摘するような現実がある。戦争・紛争解決に貢献する日本の立ち位置を世界に発信できるリーダー不在という状況を直視すると、新年以降、厳しい国際情勢の中で、日本の安全保障はかなり危うくなることが予想される。

河野は、国内の注目ニュースとして「性の問題」を挙げた。ジャニー喜多川氏による性加害、同性婚訴訟、性同一性障害特例法の生殖不能要件を違憲とした最高裁判断のことだが、筆者はここにLGBT理解増進法の成立・施行を加えたい。後者三つの問題では保守派が厳しく批判するが、左派の分裂も表面化した。

弊紙の「メディアウォッチ」欄(11月30日付)で、「『性』に関する大ニュース続出の1年だった」と書いた筆者は「いよいよ日本でも、性の問題が個人的ではなく、社会的・政治的な問題になってきた」という河野の見方に賛同する。

「ジャニーズ問題は、性加害の問題であるとともに報道の問題」と述べたのは井上。新聞社・テレビ局は「みんなで忖度、追従して、報道しなかった」としながら、「そのカラクリについて、当事者であるマスコミの方々はぜひ明らかに」してほしいと訴えた。

NHKと民放の各キー局は一応、検証番組を報道。外部専門家による調査報告書を公表したテレビ局もあった。しかし、いずれも反省の姿勢を示しながらも、そのカラクリを包み隠さず明らかにしたテレビ局はなかった。ジャニーズ問題への取り組みは、英BBCが報道することでようやく日本のテレビ局が動いたように、今後も強烈な外圧でもなければ、日本のマスコミが忖度(そんたく)・追従・横並びの報道姿勢を改めることはないだろう。

ちなみに、井上は「中央公論」11月号の時評で、「もはや全社的に統一された論説など持たないほうがいいのではないか?」と、新聞の社説無用論を述べたが、新聞・テレビを挑発するような識者をどんどん起用してこそ、月刊誌の存在意義がある。「中央公論」に限らず、月刊誌にはこうした懐の深い編集方針を継続してほしい。

ジャニーズ問題における「マスコミの沈黙」を指摘した井上に対して、政治の問題点を指摘したのは岩間。「政治の側からの言及もすごく少なかった気がします。建前論だけで済ませたというか。ヨーロッパでは、性の問題となると国を二分するような熱い議論が戦わされる」と。

これに対して、河野は「日本の政治にはそもそもこの問題を感知するセンサーがついていない。関心も能力も持っていなかった感じ」がすると痛烈に批判した。なぜそうなのかについての分かりやすい説明としては、性の問題は票にならないから、ということになろう。しかし、「性の問題は政治的な問題でもあるということを、社会が共有しはじめた」と、河野は語ったように、23年は性が公共政策のテーブルに上がったのは確か。本格議論はこれからで、否が応でも政治、マスコミそして国民も性に向き合うことから逃げられない時代になったと言える。

今年の大ニュースとして挙がったもう一つは「環境問題」。これには、猛暑が続いた夏を経験した誰もがうなずくだろう。河野は、地球温暖化も性の問題のように、「欧米から遅れて政治イシューに発展するのか」と問題提起しながらも「私は発展しないと思う」と否定的に見ている。

なぜかというと、地球温暖化は「人災」だから止めることができるはずと捉える欧米と違って、日本では「天災」だと諦め、「それに適応するしかないという発想になる」からだという。これは自然を治める、あるいは支配するというキリスト教的自然観と、自然との共存という神道的自然観の違いなのかもしれない。

先に、岩間が性加害に対する政治の反応が鈍かったと指摘したことを紹介した。性の問題でもキリスト教文化と非キリスト教文化の違いが大きく影響しているのを感じる。

地球温暖化について、井上は「一面のメリットもある」となかなか言いにくいことを述べた。「例えばシベリアの平均気温が今より上がれば、多くの穀物を生産できて世界の食料危機回避の一助になる」かもしれないという。もちろん、デメリットも多いからそこへの対策を講じる必要はあるが、そうだとしても「温暖化は議論の余地なくダメで、それ以外の意見を述べることすら許さないという“エコファシズム”は科学的な態度ではない」と強調する。言論の自由を抑圧する空気に対峙するのも論壇に期待される役割である。

このほか、少子高齢化や労働力不足、来年に控える米国大統領選挙などが議論の俎上(そじょう)に載ったが、筆者が是非取り上げてほしかったのは「宗教問題」だ。つまり、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に対する解散命令請求とそれに関連した「政治と宗教」つまり政教分離の在り方について、3人の意見を聞きたかったが、それがまったく触れられなかったのは残念だった。

日本で性に対する政治の反応が鈍いのは、単に票にならないというだけでなく、「信教の自由」の侵害について感知するアンテナを持つ政治家が少ないからではないか。もしかすると、識者のアンテナも短いのかもしれない。今後、論壇には、欧米との比較の中で、信教の自由についての日本人の考えを深める論考の掲載を期待したい。

(敬称略)

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