道義的責任問われる
岸田政権が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の解散命令を東京地裁に請求した。世論調査では、国民の約8割がこれを評価するという。ところが、「岸田総理の信用が著しく失われることになりかねない事態だ」と、「赤信号」(レッドカード)を掲げる弁護士がいる。東京地検特捜部副部長や東京地検公安部長などを歴任した若狭勝氏だ。
自身のユーチューブ番組で、若狭氏は教団の霊感商法や高額献金で、少なからぬ人たちが生活困窮や家庭崩壊に陥ったことは間違いなく、「政治が何かしらの救いの手を差し伸べることは当然」とする。一方で、「解散命令申し立てに至るプロセスの適正性についてはかなり疑義が生じ、岸田総理の道義的責任が問われる」と述べている。新聞、テレビなどの既存メディアでは取り上げられない見解だが、どういうことか。
岸田文雄首相は昨年10月19日の国会答弁で、解散命令要件に民事の不法行為は「入らない」としていた前日の答弁を撤回し「入る」と一転させた。これについて筆者は先月19日の本欄で、立憲民主党の小西洋之参院議員の動画拡散を取り上げた。首相の答弁撤回の背景には、自分の“嘘(うそ)答弁”伝授があったと自慢する内容だったからだ。
関連記事 旧統一教会 解散請求問題で首相に「嘘」答弁させたと自慢する小西動画拡散
堂々と「裏話」を披露
岸田政権は答弁撤回の4日前、刑事罰を受けた幹部が存在しない教団には「解散命令は適用できない」と閣議決定していた。それを撤回するには理由がいる。そこで小西氏は次のように嘘答弁したらいいと指南した。
これまでは文化庁が「信教の自由」の重大性に鑑み、解散命令要件に民法の不法行為は「入らない」としていたが、改めて関係省庁が集まり議論した結果、「入る」と考えを変えたと答弁したらいい、「そこは追及しない」と言ったら、首相はそのごとくに答弁したというのである。
実際、小西氏は参議院予算委員会で、首相答弁に「朝令暮改にも程がある」と呆(あき)れて見せたが、それ以上は追及しなかった。ここでの嘘答弁とは、「改めて関係省庁が集まり議論」し「改めて政府としての考え方を整理」したことを指す。法律の専門部局が加わり一度閣議決定された見解を数日後に変えることは考えられない。政権維持の思惑から、教団に解散命令請求したい首相が渡りに船とばかりに、小西氏の誘いに乗った可能性が高いのである。
その動画は、今年8月に行われた映画上映会後のトークイベントでのものだが、小西氏が同じ内容を明らかにした別の動画もSNSで拡散している。昨年11月3日、自身の議員会館事務所で撮影されたユーチューブ映像だ。「(国会で)『岸田総理は、旧統一教会の守護神』と繰り返し言ってやる」と答弁撤回を迫ったら、首相は「私が授けたとおり言った」と、ここでも手柄話。小西氏が話を盛ったのかもしれないが、堂々と裏話を披露するところを見ると、事実と見ていい。
適正な手続きが原則
若狭氏は、これらの動画を取り上げながら、「憲法で保障される信教の自由に係る問題で、野党の一議員が総理に対して『嘘の答弁をすればいい』と言うこと自体」が大問題。また「それによって総理が嘘の国会答弁をしたのであれば、旧統一教会の解散命令申し立てに至る検討プロセスの適正性については疑義が生じる」し、「その公正性については赤信号、少なくとも黄色信号が灯る」と、自身の見解を述べている。
憲法は、不利益処分をする場合、適正な手続きの下で行われることを原則(デュープロセス)として掲げる。だが、今回は法治国家としてはあるまじき事態が起きていた疑いが濃いから、若狭氏は「国会できちんと小西議員と岸田総理から聞いて、どういういきさつで(昨年10月19日の)総理の答弁がああいう形になったのかを説明してもらわないと困る」と訴える。
世論の動向にとらわれることなく、個人のユーチューブ番組で、憲法上の原則を無視する政治の動きに警鐘を鳴らす法律の専門家。一方、日頃、権力の監視役を謳(うた)う新聞・テレビは岸田政権の対応に異議を唱える識者見解をほとんど取り上げない。日本の法治主義だけでなく、マスコミ報道のあり方も厳しく問われなければならない重大事態ではないか。(森田清策)