企業の責任としての「ネーチャーポジティブ」を特集するエコノミスト

生物多様性を維持へ

企業メセナが叫ばれて久しい。メセナとは本来、フランス語で「芸術文化の擁護」という意味を持つ。1980年代後半のバブル経済時代、日本国内では企業がメセナ活動をキャッチフレーズに半ば投資を目的として高額の美術品を購入し、美術館を造るなどして話題を呼んだ。だが、今では企業メセナといえば単なる広告宣伝や投資を目的としたものではなく、地道な企業の社会的責任としての活動を指す。そうした中で近年、気候変動、温暖化を背景に企業に「生物多様性の維持・回復」を求める「ネーチャーポジティブ(自然再興)」への関心が高まっている。

そして、この「ネーチャーポジティブ」をテーマに週刊エコノミスト(10月3日号)が特集を組んだ。企画そのものは3人の民間調査機関のエコノミストによる論文と概念説明という形になっているが、気候変動による異常気象や自然災害が多発する中で、生物多様性への企業の認識と取り組みが重要になってくるという点では意義ある企画と言える。

その中で、大町興二氏(S&Pグローバル・サステナブル1マネージングディレクター)はネーチャーポジティブの現状を報告。「生物多様性の喪失と生態系の崩壊に対する世界の目は厳しい」と指摘した上で、「EU(欧州連合)では森林破壊防止のための審査が義務化され、牛肉、カカオ、コーヒー、パーム油(など)…森林伐採や、森林を劣化させる影響を受けている土地に由来していないとの保証が求められるようになった」と述べ、「実際、欧州スーパーマーケットチェーンが『南米産の牛肉販売が5万㌶の森林破壊を招いた』として訴訟を起こされ」ていると実例を挙げる。

S&P社の調査によれば、世界の大企業1200社のうち85%が直接的な事業活動において自然に依存し収益を上げており、2021年には2200万㌶の生物多様性重点地域の土地を事業に使用したという。

自然損失による弊害

そもそもネーチャーポジティブという言葉が注目され始めたのは20年代に入ってからのこと。20年の世界経済フォーラム(WEF)の報告は「自然の損失によって、世界のGDP(国内総生産)の半分以上にあたる約44兆㌦(約6470兆円)が潜在的に脅かされている」と警鐘を鳴らし、企業における生物多様性への取り組みが必須の課題になっていると指摘する。

昨年12月にカナダ・モントリオールで開かれた生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)に至っては、「2050年までに自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させる」という50年ビジョンを採択し、具体的な取り組みとして、まず30年までのターゲットを定めた。すなわち、陸と海でそれぞれ30%以上の面積において自然保護地域を設けることを求めている。

金融機関の取り組み

一方、ネーチャーポジティブに対する金融機関の取り組みも活発になってきたという。太田珠美・大和総研主任研究員は、「(金融機関の)投融資における生物多様性・自然資本への配慮はこれまでにも行われてきた」としながらも、今後については「(大きなプロジェクトや産業開発に伴い、それに)関連するリスクと機会の評価を投融資に組み込んでいくことが求められる」と述べる。

それでも「気候変動はグローバルな事象であり、将来の影響を抑制するためにGHG(温室効果ガス)排出量を削減するという共有された目標があるのに対し、生物多様性・自然資本の状況は地域にとって異なり、事業内容や活動地域によって設定する指標・目標も変わり得る」(同氏)として評価・リスク管理の難しさも指摘する。

企業の事業活動の変遷を見ると、利益中心で行ってきた経済活動が、20世紀末のバブル経済以降、芸術文化支援という立場からメセナによる社会への貢献、さらには度重なる自然災害によって企業の地域支援は高まりを見せてきた。だが、今後は経済活動によって生じる自然環境への負の影響に対しても、企業はグローバルな視点のみならず、森林や湿原における生物多様性の維持に関心と責任を持つべき時代に入っていることは間違いない。(湯朝 肇)

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