朝鮮人虐殺を招いた戦前のデマ記事を調査せず政府をなじる毎日

関東大震災機に変容

100年前の1923年9月1日に発生した関東大震災を巡って毎日が「朝鮮人虐殺」を執拗(しつよう)に取り上げている。すでに本欄で「新聞が行った流言蜚語を棚上げにして虐殺事件を論じる毎日は、それこそ『史実の黙殺』を地で行っている」と論じたが(9月5日付)、この態度は一向に改められていないようだ。

関東大震災を機に日本のメディアは変容し、戦前のみならず今日に至るセンセーショナリズム(煽情(せんじょう)主義)が常態化し、国民を誤誘導するようになった。その意味で同震災を巡る虚偽報道は、「メディア栄えて国滅ぶ」の原点となったと言ってよい。それだけに「史実の黙殺」は放置できないと筆者は考えている。

さて、その毎日について参院議員の浜田聡氏(NHKから国民を守る党)が今年6月、「東京日日新聞(現毎日新聞)大正十二年九月三日の報道内容と関東大震災時に発生した殺傷事件との関連に関する質問主意書」を政府に提出した。

浜田氏は流言による殺傷事件の発生に当時の新聞報道が関わったと結論付ける資料として『関東大震災下の「朝鮮人」報道と論調(下)』(大畑裕嗣/三上俊治、東京大学新聞研究所紀要第36号、1987年)を挙げ、同著から次の一文を紹介する。

「震災時の『朝鮮人』報道が果たした第一の役割は、流言の伝播を促進し、全国に拡大するのに大きな影響を及ぼしたということだろう。これは、『朝鮮人による暴行』の流言を大々的に報道したことによって、また同時に、流言が事実無根とわかった後でもこれを積極的に打ち消すような情報をほとんど流さなかったことによって生じたものである」

その上で浜田氏は、東京日日新聞(以下、東日)による流言報道について政府が把握しているかを問うた。これに対して政府は「不逞鮮人各所に放火し帝都に戒嚴令を布く」と題する記事が掲載されていることを承知していると回答している(同30日、注=朝鮮人を当時は鮮人と記述)。

警視庁は虚偽を察知

同日付の東日について毎日は黙殺しているが、ネット上でこの紙面を見ることができる(詳しくは「関東大震災における朝鮮人暴動デマの東京日日新聞(毎日新聞)の記事が隠蔽されていた件」を検索し参照されたい)。

東日の紙面には「戒厳令を布く」に続けて「鮮人いたる所 めったぎりを働く 二百名抜刀して集合 警官隊と衝突す」「鬼気全市に漲る」「日本人男女十数名をころす 本部は世田谷」「横濱を荒らし 本社を襲う 鮮人のため東京はのろひの世界」との見出し記事が並んでいる。これだけ具体的に報じられれば、大方の国民は記事を信じ恐怖におののいたことだろう。

これが虚偽だと警視庁はいち早く察知し9月3日付で「鮮人をむやみに迫害するな」との布告を出し、5日までに6000人以上の朝鮮人を各警察署等に保護したほか、過激な自警団を取り締まり、殺人45件161人、傷害16件85人を検挙した。それで自警団の暴力行為も収束し、本来の罹災(りさい)者の救護活動に移ったという(東京大学総合防災情報研究センター・レポート=伊藤哲郎客員教授、今年6月1日)。朝日の社会社説担当の前田史郎氏は10月1日付オピニオン面で「朝鮮人を救った署長に思う」と題し、大川常吉神奈川県警鶴見分署長を取り上げているが、それは警察の保護活動の一例である。

歴史問題のネタ提供

毎日は9月2日付社説「大震災と朝鮮人虐殺 史実の黙殺は許されない」において「調査を尽くせば虐殺の実像に近づくことは可能なはずだ。事実の黙殺は歴史への冒とくである」と政府をなじった。

ならば隗(かい)より始めよ。毎日が事件を招いた自らのデマ記事の調査を尽くすのが筋ではないか。それもせず中国や北朝鮮に「歴史問題」の追及ネタを提供するがごとき態度は日本の新聞の一線を越えている。それこそ歴史への冒涜(ぼうとく)と言わざるを得ない。

(増 記代司)

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