
「実力」問わぬ左派紙
毎日の通勤に乗合バスを利用しているが、ときおり女性運転手にお目にかかる。乗客には「お早うございます」の声掛けがあり、座席に座り、あるいは吊革(つりかわ)や手すりにつかまるまで発車しない。運転技術は申し分ない。かつ女性目線の接客感があり、実に爽やかである。
それでふと思った。仮に運転能力(実力)が伴っていないのに「女性活躍で運転手をしております」などと言われればどうだろう。怖くて、うかうか乗っておれない。それが航空機だったら心臓が止まってしまう。
ところが左派紙によれば、女性政治家は「実力」が伴っていなくてもOKらしい。先の内閣改造での副大臣・政務官人事で女性が1人も入らなかったが、これに対して朝日は「『活躍促進』は口だけか」、毎日は「『女性ゼロ』の感覚を疑う」、東京は「女性不在の無責任」と居丈高に批判している(いずれも20日付社説)。保守紙は社説で扱わず、産経に至ってはニュースダイジェストの短報扱いで歯牙にもかけなかったが(16日付)。
左派紙は女性議員の「実力」をまったく問わないのである。もとより選挙を勝ち抜き国会に上がってくるほどだから、皆さん、それ相応の実力の持ち主であるとは思う。それでも副大臣は「大臣の職務を代行でき、政策決定に関わり、かつ国会答弁も担当」し、政務官は「大臣を助け、特定の政策及び企画に参画し、政務を処理」する職務である。経験や実力を問わず「女性活躍」という名目だけで就任させれば、それこそ雛(ひな)人形だ。そんな日本丸にはうかうかと乗っておれなくなる。
増えるどころか微減
そもそも自民党の女性議員は衆参合わせて45人で、自民議員全体の約12%と少ない。そのうち半数近くが1、2年生議員で、経験不足は否めない。それに5人が大臣に就任した(過去最多タイ)。いくら女性の活躍促進といっても左派紙の主張は無理筋だ。
そこまで言うなら、当のメディアはどうなのか。全国紙で女性初の政治部長を務めた毎日の佐藤千矢子氏(現論説委員)は8月25日付夕刊コラム欄で、「メディアとジェンダー」と題して7月に開かれたシンポジウムを紹介し、「紙面や見出しに決定権を持つデスクや部長に女性が少なく、男性目線の記事が通りやすい」といった「根深い課題」が浮き彫りにされたと論じている。
その中で、朝日が2020年に数値目標を盛り込んだ「ジェンダー平等宣言」を公表するなど、「この業界にも変化は見える」と言っている。それで朝日のホームページで数値を見ると、社員に関する女性比率は3年間でこう推移していた(いずれも該当年5月時点=外部執筆者等は略)。
▽管理職(専門職含む)=13・5%(21年)↓14・2%(22年)↓13・5%(23年)▽論説委員=10・3%↓12・5%↓9・1%▽多事奏論の筆者=60・0%↓50%↓50%▽全社員=19・9%↓20・1%↓20・3%▽新入社員=30・2%↓36・2%↓30・0%
管理職や論説委員で見る限り、自民党女性議員の12%と似たり寄ったり。しかも一向に増えず、逆に微減である。「この業界の変化」もこの程度なのだ。偉そうに自民党を批判している場合か、と思ってしまう。
中身伴わない「平等」
多事奏論は専門分野の異なるベテラン記者が担当している。女性比率がベテラン記者(管理職ら)で1割、社員で2割程度の中での50%である。明らかに女性の「活躍促進」としての設定だろう。といっても1週間に2回ほどの掲載にすぎない。朝日社内の「ジェンダー平等」もしょせん、ここまでである。
それを棚に上げての政権批判。天に唾するとはこのことだ。男性目線がすべて悪ではあるまい。もとより女性目線も貴重である。その男女を消し去り、中身も伴わない「ジェンダー平等」は社会を混乱させるだけだ。左派紙はそれを狙っているのだろうか。
(増 記代司)





