LGBT法の危うさ
自分の持つ性欲や性別感覚などで悩みや生きづらさを感じている人はそれほど多くはないにしても存在する。だから、親や友人をはじめとした周囲の人には、当事者の葛藤を理解しできる限りの支援を惜しまないことが求められる。
今年6月に施行されたLGBT理解増進法の正式名称は「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」。悩みを抱える当事者への理解や支援にとどまる法律ならいいが、その条文からはそこを超えてしまう危うさが漂ってくる。
「性的指向」「ジェンダーアイデンティティ」(性自認)という概念をテコに「性の多様性」という考え方が社会に広がれば、性欲や心の不調を「性の多様性」と勘違いしてしまう若者が増えてしまうのではないか。また、性の多様性を前提とした社会を構築すれば当然、性を男女に分ける性別二元制や一夫一婦の婚姻制度は崩れる。そうして到来するのはアナーキー(無秩序)な社会。弱い人や少数者にこそ必要なのが秩序なのに……。
レズビアン(L=女性同性愛者)、ゲイ(G=男性同性愛者)、トランスジェンダー(T=性同一性障害など)と、人をカテゴリー分けすることの是非を考えさせる番組があった。Eテレ「虹クロ」(9月5日放送)だ。
医師により診断相違
10代が自分の性に関する悩みを、モデル、デザイナーなどさまざまな分野で活躍するLGBT当事者のメンター(助言者)たちに打ち明ける番組という触れ込みだ。この日は「“性別を変えたい”って気持ち 周りに分かってもらいたい」をテーマに、チアキ(仮名、17)と名乗る若者が声だけ出演した。
チアキについて、番組は“割り当てられた性”が「女性」、性自認「男」、好きになる性「分からない」、表現する性「男性」と分類して紹介した。LGBT解説書では通常、割り当てられた性は「体の性」「生物学的な性」とされるが、番組があえて「割り当てられた性」としたのはなぜか。「変えてもいいもの」というメッセージを出そうとしたのかもしれない。
だが、本人の口からは「僕は体の性別は女で、心は男で、近い将来、体も男性にしたいと考えている」と説明。しかし、母親が反対するので、悩んでいるという。LGBT運動の文脈で見ると、チアキは性別適合(性転換)手術を望むトランスジェンダー当事者ということになりそうだが、果たしてそうか。
「性別の違和を主訴にしていても、精神的な問題、あるいは別の問題が隠れていたりすることもある。特に、中学生や高校生など若い子に関しては学校生活の悩み、思春期で体が変化していく悩み、恋愛の悩みなど、別の悩みから性別違和が強まっている場合もあるので、慎重に診ていく必要がある」。こう語ったのは精神科医の針間克己。
精神科の中でもジェンダー専門医に相談するのがいいと語るが、精神科は、医師によって、診断が異なることの多い医療分野。その上、ジェンダーを扱うとなると、医師であっても診断に主観が入るのは避け難い。
性転換願望煽る概念
米英では、性別適合手術を受けた後、取り返しのつかない状況になって医師が訴えられる事案が発生している。背景には安易な診断と早期からのLGBT教育があると指摘される。教育で若者の性的指向と性自認に混乱が生じ、特に思春期の女子では、性別違和を訴えるケースが増えているというのだ。
海外におけるLGBT運動の弊害を見るまでもなく、性別違和に慎重な診断が求められるのは当然だ。しかし、LGBT理解増進法の施行で、今後、日本でもLGBT教育が行き過ぎれば、性的指向や性自認に混乱をきたす若者が増えるのではないか。そうなれば、ジェンダー専門の精神科医は忙しくなるだけでなく、性を巡る社会の混乱は深刻となろう。NHKはせっかく性別違和について慎重な診断を求めたのだから、いっそのこと「割り当てられた性」という、若者の性転換願望を煽(あお)るような概念は捨て去ったらいい。(敬称略)
(森田清策)