魅了される理想像がない
「金で懲らしめる習性」に反感
韓国で“嫌中感情”が広がっている。ついこの前まで反日感情が噴出していたというのに、日本から見れば、いきなりの様変わりだ。韓国人の反中感情は「華夷秩序」で属国扱いを受けてきたこともあり、歴史的な根深いものだが、最近のそれは少し違うという分析である。
東亜日報が出す総合月刊誌新東亜(7月号)に「青年が中国嫌いな理由」を元フォーリン・ポリシー韓国語版編集長で経済社会研究院専門委員のノ・ジョンテ氏が書いている。副題は「民主党を除き皆が知っている」だ。
同氏は「いま韓国社会に反中感情がうねっている」という。どのくらいの反中感情なのかと言えば、「尹錫悦政権は中国と協力強化する必要がある」との質問に「ある」と答えたのが5・1%にしかならないのだ。
しかも反中感情は若い世代でより強い。「韓米同盟強化」を支持する20代が44・8%なのに対して、「中国との協力強化」は60代では7・1%あるのに20代は2・9%だ(いずれも韓国ギャラップ調査)。どちらも小さい数字だが、韓国人が中国を嫌っているのはよく分かる。
どうしてこうなのか。その理由を挙げる前に同氏はかつての米ソ関係で説明した。
冷戦時代を通じて、ソ連が米国を凌駕(りょうが)したことは一度もなかったが、それでもソ連が米国に対峙(たいじ)できた理由は「共産主義」という理想主義の盟主だったからだと説く。既に共産主義のメッキは剥がれ、結局独裁の「帝国」だったことが分かっているが、少なからず、掲げられた「平等な社会を実現しよう」という理想は「多くの知識人、芸術家、科学者、文人ら」を惹(ひ)き付けた。
さらに資本主義社会の中でも、不平等や差別、格差の「現実の中で不満を抱く者たちの一部に拒否できない魅力」として映ったのだった。
ところが、現在「2強」として米国に並び立つ中国に、かつてソ連が持っていた“魅力”があるかといえば、ない。「中国にはソ連と違い普遍的な説得力を持つイデオロギーがない」と分析する。「今日の中国は共産主義の理想とは程遠い」「他国の歓心を金で買う」さらには「金で懲らしめる習性」がある、とまで言う。
韓国には嫌というほど、この中国の素顔を見せ付けられた経験がある。THAAD(高高度防衛ミサイル)配備をきっかけに「限韓令」で中国に進出した韓国企業は締め付けられ、K―POPは締め出され、大挙押し掛けてきていた中国人観光客の足は止まった。これが「金で懲罰する」中国のやり口だ。途上国へは「債務の罠(わな)」「戦狼(せんろう)外交」を展開している。
さらに本来なら共産主義であれば「民族解放」の主体であるはずなのに、チベット、新疆ウイグルなどで行っていることは少数民族の抹殺、同化政策だ。「民族解放で打倒されるべき圧制者」側に中国はなっている。
ノ・ジョンテ氏はもはや「中国は文化的、社会的、政治的にわれわれにとり模範となる国と見るのは無理だ」と断じる。かつての中国は「中華」すなわち文化の発信地であり世界の中心だった。周辺国は朝貢し、王朝は冊封して諸侯に権威を与えていた。なのに「今日の中国は何だ」というわけである。韓国の経済発展モデルをなぞってきて金持ちになったにすぎないではないかと。
ところが、左派野党の共に民主党では文在寅前大統領が最近出た反中書籍「チャンケ主義の誕生」にくぎを刺したり、党は党で「反中感情に『ヘイト』の烙印(らくいん)を捺(お)して罵倒する」状況で、ノ氏は「納得し難い」と反発している。
韓国の若い世代にはもはや「華夷秩序」の影響はなく、“マルクス主義への幻想”もない。たとえあったとしても、中国はその理想たりえない。ネットの世界では日本を貶(けな)すよりも、中国とのバトルの方が熱い。その現実を民主党だけが知らない、というわけだ。
韓国人の対中感情は政治や社会に、対日感情よりも大きく影響を与えていく可能性を示す分析である。
(岩崎 哲)