櫻井氏は「熱狂に注意」と修正
昨年後半、政治、メディアを席巻した世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題。文化庁の5回目の質問権行使に対する教団の回答が25日に届いた。これを受け、同庁は裁判所に解散命令を請求するのか、それとも断念か。はたまた6回目の行使で問題の決着はさらに長期化するのか。
「中央公論」5月号に、「統一教会研究の第一人者」と言われる櫻井義秀(北海道大学大学院教授)の論考「日本を『カルト天国』にしないために」が載っている。ここでも質問権問題に触れている。まず経緯を振り返る。
昨年7月の安倍晋三元首相銃撃事件以降、メディアによる教団バッシングが過熱する10月24日、「宗教研究者有志」25人が連名で「旧統一教会に対する宗務行政の適切な対応を要望する声明」を発表した。櫻井は宗教学者の島薗進(東京大学名誉教授)と共に「代表」として、その記者会見に臨んだ。
声明は「正体を隠した勧誘は『信教の自由』を侵害するし、一般市民や信者の家計を逼迫させ破産に追いこむほどの献金要請は公共の福祉に反する」と教団を批判。その上で、「宗教法人格の取消しを視野に入れ、裁判所への解散命令請求などの行政的措置を速やかに行うことを求める」とした。
この文面を読むと、櫻井たちは質問権の速やかな行使による事態把握の上、公共の福祉に反する教団を解散させるために、政府は早急に解散命令請求を行うべきだと主張したと理解できる。しかし、櫻井は論考で、声明発表の記者会見について、次のように触れていて興味深い。
「その記者会見でメディアから、『なぜいまごろ出すのだ』『文言が慎重すぎるのではないか。もっと踏み込んで統一教会を解散させろと書くべきではないか』といった質問を受け、違和感を抱きもした」。つまり、記者たちの反応を予期していなかったというのだ。
そして、戦前の「大本(おおもと)」に対する宗教弾圧を挙げながら、「統一教会には問題になる部分が確かにあるが、それを冷静に見極めたうえで対処しなければいけないはずだ。メディアが生み出す熱狂には注意する必要がある」と述べている。改めて今、声明を読み返してみると、この記述との乖離(かいり)に驚かされる。櫻井は社会全体が教団バッシングの熱狂に包まれていた時点で、何らかのメッセージを発することが研究者としての「社会的責任」と勇んだのかもしれない。
だが、筆者がその文面を読んだ時、火に油を注ぐようなもので、熱狂をさらに煽(あお)ることになるのは当然だし、櫻井たちは「メディアの生み出す熱狂」にうかつにも突き動かされ、声明を発表してしまったのではないか、との感慨を抱いた。もっと言えば、声明発表によって、彼らは研究者の域を超え、教団バッシングの「プレーヤー」に加わったようにさえ思えた。
岸田文雄首相が文科相に質問権行使を指示したのは10月17日。19日には、解散命令請求要件に民法の不法行為は「入らない」とした前日の国会答弁を一夜にして変更し「入る」とした。これ一つ取ってみても、首相に質問権行使を決断させた要因は、教団に逸脱行為の例があったにせよ、メディアによるバッシングに影響された世論と、統一地方選を控え過剰に世論を気にした自民党の政治的思惑の方が大きかったと判断できる。
研究者として、もし社会的責任を果たすのなら、声明はまずそこに警鐘を鳴らすべきだっただろう。解散命令請求については、バッシングが沈静化し、政府も冷静さを取り戻してから考えるべきだったのだ。
実は、櫻井と島薗は声明が拙速だったことについて早々に気付いたようだ。声明発表から4日後、2人は再び記者会見した。そこでは法的な手続きの適格性・透明性・公平性を十分に考慮すべきだと強調した。一度発表した声明を引っ込めるわけにもいかない。再度、記者会見することによって、軌道修正したと言える。