朝日が採用するマルクス式「党派性」眼鏡、保守潰しに便利な革命理論

家庭のイメージ(Photo by Ioann-Mark Kuznietsov on Unsplash)
家庭のイメージ(Photo by Ioann-Mark Kuznietsov on Unsplash)

「米帝の手先」の背景

かつて柳田謙十郎という哲学者がいた。戦前は西田哲学を信奉し戦争を賛美したが、終戦後の1950年に西田哲学を捨てマルクス主義唯物論への転向を表明した、いわゆる進歩的文化人の典型的人物である。労働者や学生を共産主義に勧誘する「労働者教育協会」を立ち上げ、月刊誌『学習の友』を発刊し、マルクス主義を“分かりやすく”説いた。「団塊の世代」以上の年配者には馴染(なじ)みがあろう。

柳田氏は、マルクス以前の思想はすべて党派性を伴っていると断じ、それがマルクス唯物論の核心とした。レーニンが「すべての哲学は必ずある階級の利益に奉仕する、すなわち党派性をもっている」(『唯物論と経験批判論』)としているからである。

思想には真理性(まことの道理)があるはずだが、それを認めず、党派性のみで捉える。それが日本共産党員でもあった柳田氏が唱えた共産主義の考え方で、真に受けた民青(共産党青年組織)などは保守系学者を「米帝の手先」と罵倒した。

こんな古い話を持ち出したのは、朝日がマルクスの思想を地で行くような論調を張っているからだ。3日付1面肩にさぞ重大ニュースのように「地方議員の全国会議、教団側関与 2015年から6回、家庭教育条例促す」との見出しで世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関連団体の活動を報じている。

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