国民を煽り熱狂をつくり出す新聞、テロに沈黙し甘さを露呈した歴史

テロ拒否姿勢の欠落

世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を巡る新聞報道は、いつか来た「国民的熱狂」を彷彿(ほうふつ)させる。事の発端は安倍晋三元首相に対する銃撃テロ殺害事件だが、それにもかかわらずテロに対して非を鳴らす新聞は今や皆無だ。銃撃事件の真相解明(本当に単独犯なのか)やテロ防止(ネット上の銃製造方法などをどう防止するのか)について語る新聞もまた、皆無である。

米政府が同時多発テロ事件後にメディア各社に国際テロリスト、ビンラディンらのビデオ声明の放映自粛を求めたことがある。彼らのプロパガンダがテロ誘発の危険性があるからだが、毎日は「表現の自由を真っ向から否定する検閲に当たる。許すべからざる行為」(2001年10月14日付社説)と批判し、テロへの甘さを露見させた。

その中で毎日は「敵対する相手の意見や思想にも謙虚に耳を傾け、相互理解を深めることこそ民主社会の基本だ」と言ってのけた。民主主義と対極の大量殺人テロリストと相互理解を深めるといった妄言を垂れていた。テロへの断固たる拒否姿勢が著しく欠落していた。

03年11月にイラクで銃撃テロによって死亡した奥克彦参事官は直前まで外務省のホームページに「イラク便り」を送っていた。同13日付にはイタリア部隊へのテロ襲撃事件を記し「(犠牲になった尊い命から汲(く)み取るべきは)テロとの闘いに屈しないという強い決意ではないでしょうか。テロは世界のどこでも起こりうるものです。テロリストの放逐は我々全員の課題なのです」と結んでいた。「テロにたじろぐな」が遺言となった。

当時、政府はイラクの人道復興支援への自衛隊派遣を決めていたが、朝日は「『たじろぐな』では済まぬ」(同12月1日付社説)と反対した。04年3月には「自爆テロ、世界に拡散/『殉教者』米に対抗唯一の手段」(同17日付)と報じ、テロ集団のプロパガンダを思わせた。

左に倣えの保守系紙

評論家の山本七平氏は新聞による国民的熱狂を「全く違う対象に関する報道、たとえば、戦時中の報道と、(戦後の)中国報道を、類型化という点で見ていくと不思議に、同じに見える」と語っている(『日本人的発想と政治文化』日本書籍、1979年)。

今回の安倍元首相テロ事件では読売や産経までもがテロ批判を怠り、テロ防止策にも沈黙している。保守が左に倣えで、日本をどうするつもりなのか。戦前の国民的熱狂を想起する所以(ゆえん)である。

(増 記代司)

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