国民を煽り熱狂をつくり出す新聞、テロに沈黙し甘さを露呈した歴史

安倍晋三元首相銃撃事件のニュースを報道する=7月8日、新宿・東口アルタビジョンで
安倍晋三元首相銃撃事件のニュースを報道する=7月8日、新宿・東口アルタビジョンで

新聞が戦争を煽った

「少なくとも満州事変からそれに続く上海事変、そして満州国建設のころまでは、国民的熱狂というのは、マスコミによって煽られたと言ってもいいと思いますね」(半藤一利氏)

「とにかく新聞は煽りましたね。たとえば、中国側がリットン報告書を読んで驚喜したと書いて、報告書が中国側に有利な内容だったとして、それに対する国民の反発を煽ったわけです」(加藤陽子氏)

「(国際連盟からの)脱退を強く主張したのは、むしろ新聞です。新聞がものすごい勢いで脱退をぶち上げた。もう脱退せよ一辺倒で、全国百三十紙以上の新聞が、一致して脱退勧告をしている状況です」(半藤氏)

これは『太平洋戦争への道 1931-1941』(NHK出版新書)の一節である。作家の半藤一利氏、東京大学大学院教授の加藤陽子氏、ノンフィクション作家の保阪正康氏の鼎談(ていだん)で、冒頭は満州事変時の新聞報道、次は国際連盟によるリットン調査団報告書に対する新聞報道、そして国際連盟脱退をリードした新聞報道についての言である。

こうして「日本が太平洋戦争に進む道筋は、この満州国建国と国際連盟からの脱退による孤立主義が大きな影響を持った」(保阪氏)のだ。新聞が戦争を煽(あお)ったのである。さらに日独伊三国同盟の締結を朝日は「いまぞ成れり“歴史の誓”」(1940年9月28日付)と熱狂的に報じた。

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