安倍氏国葬、日本の左派言論の異様さを浮き彫りにした「朝日川柳」

本文以外で「毒」盛る

こうした朝日のやり方は今に始まった話ではない。本文記事でない所に「毒」を盛るのはお手のものだ。例えば、朝日の「声」欄では2004年に自衛隊がイラク特措法に基づいて人道復興支援でイラクに派遣されると、「兵士の墓標」を連想させるイラストを掲載し、自衛官と家族を愚弄(ぐろう)したことがある(同2月1~4日付)。

朝日の夕刊題字下に「素粒子」という欄があるが、2008年に鳩山邦夫法相(当時)が連続幼女殺害犯の宮崎勤らの死刑執行を命じたところ、こう書かれた。「永世死刑執行人鳩山法相。『自信と責任』に胸を張り、2カ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。またの名、死に神」(同6月18日付)。

刑事訴訟法は6カ月以内の刑執行を定めており、それに則った鳩山法相は「死に神」呼ばわりされた。これに対して「全国犯罪被害者の会」から「遺族をも侮辱する内容」として抗議されたが、「適切さを欠いた表現だった」と釈明するだけで謝罪しなかった。

16年には「保育所落ちた日本死ね」というブログ投稿を野党や朝日などの左派メディアが安倍批判で盛んに使ったが、「死ね」といった憎悪をまき散らし、それが「正義」であるかのような風潮が今回の事件の背景にありはしないか。そんな疑念を抱かせる。

保守政治家の真骨頂

安倍元首相は昨年4月、都内での講演会で朝日の報道について「なかなか、捏造(ねつぞう)体質は変わらないようだ」と批判し、若手議員への教訓として「私は(衆院)当選3回のときから批判されてきた。ずっと批判され続けても首相になったので君らもしっかり批判されろと言っている」と述べている(毎日・同23日付)。

死してもなお、朝日に揶揄され、国葬に反対されるのは安倍氏にとっては本望というべきか。保守政治家の真骨頂を知る感がする。改めて哀悼の意を捧(ささ)げたい。

(増 記代司)

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