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米連邦最高裁の中絶権否定判決で「社会分断」の根深さ伝えたNHK

子供たちのイメージ
子供たちのイメージ(Photo by Charlein Gracia on Unsplash)

異例の長さで報じる

「あなたはどの時点で人間になると思っている?」

こう語って男性に詰め寄るのは中絶反対派の女性。対する容認派の男性は「体外でも生存できるようになる時だ」と反論する。

場面は変わって中絶クリニックの外。中絶反対派が「赤ちゃんがかわいそう」と命の尊厳を訴えれば、容認派は「違法になれば女性はどうなる」と人権を掲げて反撃した。

米連邦最高裁が人工妊娠中絶を「女性の権利」と認めた49年前の憲法判断を覆したことについて、NHK「NEWS7」(6月25日)は4分もの異例の長さで詳しく報じた。切り口は「米社会分断の深まり」。中絶反対派と容認派の口論場面はその象徴だった。

中絶権の是非をめぐる対立は以前から続いていた。筆者がワシントン特派員として赴任していた1990年代前半にも、今回、最高裁が5対4の僅差で覆した「ロー対ウェイド」(中絶は「女性の権利」と認めた)判決が下った1月22日には、キリスト教保守派を中心にした中絶反対派が大々的なデモを行っていた。その中には「中絶は殺人」と書いたプラカードに、胎児の遺体の写真を貼り付けて掲げる人たちもいた。

そればかりか、中絶クリニックの医師を殺害するという事件も起きていた。犯人の論理は、胎児を合法的に“殺害”する医師を野放しにしていたのでは、犠牲となる赤ちゃんが増えるばかりだから、“天の鉄槌(てっつい)”もやむなしというテロの論理だろう。その根底にあるキリスト教保守派の一部にあるファンダメンタリズム(根本主義)に、暴走しやすさと、歴史の浅い宗教国家における「善」「悪」二項対立の根を感じ、米国の将来を案じたものだ。

NEWS7でも「5発の銃弾を撃ち込まれ、スタッフの1人をかすめた」という医師の証言を紹介した。冒頭の口論は、「命の尊厳」と「女性の権利」という保守とリベラルの間に横たわる溝の深さを、日本人にも理解してもらう上の、格好の場面だったと言える。

憲法がまったく触れていない中絶の権利を認めるため、これまた憲法に書いていない「プライバシーの権利」という概念を持ち出したこと自体に無理があったのだから、中絶については各州に任せることにした今回の判決の方が法理論としては筋が通っている。また、中絶は「女性の権利」と堂々と主張するリベラル派にも同意しかねる。

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