毎日などは実名報道
産経コラム「新聞に喝!」(4月24日付)で、酒井信彦・元東大史料編纂(へんさん)所教授が「不可解な『匿名報道』朝日は説明せよ」と追及していた。何のことかと読んでみると、本欄4月5日付で取り上げた札幌地裁の「ヤジ排除判決」をめぐる朝日記事についてだった。
3年前の参院選で、街頭演説中の安倍晋三首相(当時)にヤジを飛ばした男女2人を北海道警が後方へ移動させた。これを2人は違法と訴え、3月に勝訴した。この判決報道を酒井氏は精査し、ざっと次のように指摘している。
――高評価したのは朝日・毎日・東京の3紙。客観的に報じたのは産経・読売・日経の3紙。このうち原告を実名で報じたのは毎日・東京・産経。匿名は朝日・読売・日経で、読・日はベタ記事なので省略したようだ。判決を高評価した東京は原告2人の実名と記者会見のカラー写真(顔写真)まで掲載しているのに、最も高評価した朝日は匿名である。ところが、朝日の高橋純子編集委員は「多事奏論」(3月30日付)で、女性原告の実名を公表している――
それで酒井氏は「朝日はなぜ、このような不可思議な匿名報道を行ったのか。その理由を明確に説明する責任がある」としている。確かに匿名の理由が分からない。酒井氏が指摘するように高橋編集委員の記事には「『増税反対』で排除された原告の桃井希生(きお)さん(26)」と実名が書かれている。
労組職員の「有名人」
ネット検索すると、桃井氏は「有名人」だった。例えば、日本共産党機関紙「しんぶん赤旗」(日曜版、2021年9月12号)には顔写真(上半身)が大きく掲載され、おまけにスーツ姿の女性警官に抱きかかえられ移動させられている「排除された当時の様子(本人提供)」の写真まである。本人提供とあるから、排除シーンの撮影を準備してヤジを飛ばしたのだろうか。
「赤旗」には「(桃井氏は)大学卒業後、働く人たちの権利を守り、向上させていきたいと札幌地裁労組に就職しました」とあるから驚いた。ヤジ排除当時、大学生だった桃井氏は道警を所管する北海道に慰謝料などを求めて札幌地裁に提訴中に、その札幌地裁の職員労組に就職していたのだ。札幌地裁は「身内」の肩を持ったことになる。同労組は「全司法労働組合」(共産党系・全労組加盟)の支部だから、「赤旗」が報じるわけだ。
男性の原告は、「団体職員の大杉雅栄(まさえ)さん(34)」である。朝日は3年前には実名で報じていた(例えば19年10月23日付北海道版「道警ヤジ排除の集会」など)。「アエラ・ドット」(朝日発行の週刊誌ネット版)には3月の判決を実名入りで解説している(3月28日付)。一方は匿名、他方は実名。支離滅裂である。
朝日は4月29日付から始めた「沈黙のわけ」と題するシリーズ1回目「批判黙らす権力、日本でも 街頭ヤジ、警官数人に体つかまれ」で、札幌ヤジ排除を取り上げている。「日本でも」とあるのはロシアと同列に置くからで、自由主義国日本を侮辱している。
名前隠して顔隠さず
それはさておき、記事では「仕事に支障をきたすおそれがあるとして、今回の取材では氏名を伏せた」と大杉氏を匿名にしている。ところが、顔写真はカラーで堂々と掲載している。顔写真があるのに名無しの権兵衛。新聞としては欠陥記事だ。朝日読者はさぞや戸惑ったことだろう。
「今回は」氏名を伏せたとあるが、朝日は前回(判決報道)も匿名だった。しかも前回は明らかに朝日自身の判断だ(他紙の実名報道に本人が抗議した話は聞かない)。ひょっとすれば、朝日は酒井氏に追及され、氏名を書けば辻褄(つじつま)が合わないので「今回は」伏せたことにしたのか。
とすれば、大杉氏らを匿名とする朝日の「沈黙のわけ」は日本を言論弾圧する国に描くための「演出」ということになる。「黙らす権力」ではなく「黙らす朝日」だ。偏向新聞と呼ばれる所以(ゆえん)である。
(増 記代司)