「核シェアリング」論議、リアリズムが欠落した朝日・東京の空理空論

ミサイル攻撃を受けた地区での作業の様子。ロシア軍は民間人の居住エリアにも容赦なくミサイルを撃ち込んでいる=ウクライナ(UPI)
ミサイル攻撃を受けた地区での作業の様子。ロシア軍は民間人の居住エリアにも容赦なくミサイルを撃ち込んでいる=ウクライナ(UPI)

核兵器放棄した代償
ソ連崩壊後、ウクライナは米英露から説得され、すべての核兵器をロシアに渡した。
1994年の「ブダペスト覚書」には、「核兵器を放棄する代わりに、米英露3カ国がウクライナの安全を保障する」と書き込まれていた。

そのロシアからウクライナは国土を軍靴で踏みにじられている。しかも、プーチン露大統領は核ミサイルを含むすべての抑止力を「特別態勢」にするよう指示、ロシア軍が核戦力をいつでも使える構えを取るよう命令したのだから、皮肉な話だ。

もしウクライナが核兵器を保持していれば、ロシアの侵略を思いとどまらせていた可能性があった。

一片の紙切れに国家の安全保障を託した代償は、とてつもなく重い。

これはわが国にとっても対岸の火事ではない。

「最強の核大国」を自任するプーチン大統領は、ウクライナ侵略前から「介入すれば経験したことのない結果を招く」と核使用をにおわせ、欧米諸国を牽制(けんせい)していた。

こうしたロシアの核威嚇を伴う侵略行為を受け、安倍晋三元首相が、米軍が持つ核兵器を日本に配備し日米が共同運用する「核シェアリング」についても議論するよう呼び掛けた。

さっそく朝日がこれに社説(3月1日付)でかみついた。

同社説では「(核威嚇は)無法な侵略に手出しをさせないために、世界の安全を人質に取った脅しだ」とし「プーチン氏は、国連安保理常任理事国と核保有国としての責務を果たす考えはないことがはっきりした」と述べたまではよかったが、安倍元首相の「核シェアリング」の議論をタブー視してはならないとの主張に対し「戦争被爆国としての自覚と責務がみじんも感じられない」とバッサリ切り捨てた。

朝日が言う戦争被爆国の責務とは、無辜(むこ)の被爆犠牲者を二度と出さないということで、それ自体は間違ってはいないが、その手段として非核三原則と核廃絶目標を堅持しろというのだから空理空論でリアリズムが欠落している。

核の恫喝にどう対処

専制国家の独裁者から核使用の誘惑を断ち切るには、相応の報復を与えることができる確証が必要だ。

鍵も掛けていない無防備の家が強盗の手を止め難いのと同様、リアルな核抑止力を持たない国家が核脅威から自由になることは難しい。

続けて東京が2日付社説で「日本は核兵器を『持たず、作らず、持ち込ませず』の非核三原則を国是としてきた。戦後日本の歩みを否定する軽率な発言は慎むべきだ」と朝日同様の批判を展開した。

この点、櫻井よしこ氏が産経1面で書いた「美しき勁き国へ」(7日付)で「プーチン氏の核の恫喝(どうかつ)が成功すれば、中国は台湾や尖閣諸島(沖縄県石垣市)と一体であり、沖縄県も中国領だと主張し、核で脅してくる可能性があるだろう。そのとき日本はどうするのか」との指摘はまともだ。

さらに櫻井氏は「専制独裁者が核の恫喝を持ってその暴力で目的達成しようとするとき、それに立ち向かうのに外交的話し合いだけでは到底、不可能」「(ロシアよりはるかに手ごわい)中国の脅威の前に日本は丸裸状態」と述べた上で「真剣に究極の危機について考えねばならない」と問題提起する。

「核シェアリング」は米国の核兵器を自国領土内に配備し、米国と共同運用しながら抑止力を維持する戦略だ。北大西洋条約機構(NATO)加盟国のドイツやイタリア、オランダ、ベルギー、トルコの5カ国がこうした「核シェアリング」態勢で安全保障体制を構築している。

強権国家の嘘と暴力

強権国家の共通手法は「嘘(うそ)と暴力」だ。力不足のときは嘘で時間稼ぎを図り、力で勝ると思ったら暴力行使に躊躇(ちゅうちょ)などしない。ロシアも中国も虚言で煙幕を張る時代から、力の行使に踏み切るような時代に差し掛かろうとしている中、リアリズムに即した議論と対応が必須だ。
(池永達夫)

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