米独立カトリック教会「イマニ・テンプル」 ジョージ・スターリングス大司教

宗教の自由を建国の理念としてきた米国。その地で黒人教会運動と宗教の自由擁護に携わってきたキリスト教指導者は、世界平和統一家庭連合(家庭連合、旧統一教会)への解散命令について、どう見るか。独立カトリック教会「イマニ・テンプル」のジョージ・スターリングス大司教に聞いた。(聞き手=山崎洋介)
――家庭連合への解散命令についての見解は。
日本で家庭連合が迫害されている現状を見るのは、非常に胸が痛む。特に教団創設者の文鮮明、韓鶴子夫妻が米国に渡り、34年もの歳月を宗教の自由擁護のため捧(ささ)げたことを、間近で見てきたからだ。
また私がより強い痛みを覚えるのは、アフリカ系米国人として、実際に差別や不当な扱いを経験してきたからだ。人の尊厳に関わる宗教の自由は、黒人が差別と闘いながら勝ち取った公民権と同じくらい重要な権利だと考えている。
――あなたが米国で経験した宗教的自由と比較して日本の現状をどう捉えるか。
私は米国で大きな宗教的自由の恩恵を受けてきた。ローマ・カトリック教会から離れ、黒人中心の独立カトリック教会「イマニ・テンプル」を創設できたのも、そのおかげだ。米国だからこそ、迫害を受けず、自らの信仰を自由に表現することができた。
だが日本政府は信者が「洗脳されている」と決め付け、献金を理由に家庭連合の解散を進めている。東京高等裁判所は本来、宗教的信条や礼拝、財政のあり方を裁く立場にはないが、そこに踏み込み、信者が自ら決める権利を奪おうとしている。
――宗教と国家の関係についてどう思うか。
国家が宗教に干渉してはならないとする政教分離は、米国憲法にも明記された根本原則であり、絶対的に順守されるべきものだ。これが崩れるなら、宗教そのものが解体に向かう。
その問題が今、共産主義国家だけではなく、民主主義国家としての評判を築いてきた日本で起きていることは深刻な事態だ。誰かがこの流れを止めるべきだ。
米国の奴隷制から公民権運動に至る歴史を思い起こしてほしい。キング牧師ら多くの指導者が闘い、黒人たちは過酷な状況の中で自由への希望を歌に託した。黒人霊歌「おお自由よ」は、「自由を奪われるくらいなら、死んで神のもとに帰る方が良い」という内容だ。彼らにとって自由への渇望は信仰と不可分だった。それは悪(あ)しき国家権力には抵抗しなくてはならない、という精神も示していた。
私は、この問題を、国家という「帝国」が自らの価値観を押し付け、宗教の自由を奪おうとする動きだとみている。
奴隷解放運動の黒人指導者フレデリック・ダグラスは「権力は要求なしには何も譲らない。これまでも、これからもない」と語った。今、われわれが立ち向かわなければ、権力はさらに自由を奪う。だからこそ団結し、真実を訴える時であり、それによって必ず勝利できる。
――アフリカ系米国人が経験した差別の歴史と、日本の現状には共通性を感じるか。
間違いなく感じる。実際、アフリカ系米国人の歩みを、いま日本で起きていることに重ね合わせて考えることがよくある。
米国の奴隷解放運動で公民権法につながったのは、黒人だけでなく他の人々も立ち上がり、声を上げたからだ。同様に、日本で政府や高裁の動きに対抗するには、他の教会の協力が不可欠になる。家庭連合の解散が認められれば、他宗教にも影響が及ぶ。日本の教会が団結して声を上げれば、この決定を覆すことは可能だ。
日本には、マーティン・ルーサー・キング牧師のように信仰に基づき強く大胆に語るリーダーが必要だ。政府や裁判所が「何をしても許される」と思う限り状況は変わらないが、人々が粘り強く抵抗し、決意を示すなら、勝利は見えてくる。
沈黙が権力の暴走を許す
――家庭連合への解散命令に対し、日本の多くの宗教団体が沈黙している現状をどう見ているか。
それは臆病さの表れだ。自らが標的になることを恐れ、権力の意向に背くことを恐れている。だが、その沈黙こそが政府の過剰な権力行使を許し、宗教の自由をさらに脅かしている。
家庭連合は刑事事件を起こしていないのに、民事上の問題で解散命令が認められた。これは他宗教にも及び得る危険な前例であり、本来は宗教界が団結して食い止めるべき事態である。
私はこの状況を、新約聖書「テモテへの第二の手紙」3章5節が語る「信心を装いながら、実際にはその力を否定している」姿だと捉えている。外見上は信仰を保ちながら、恐れによって宗教本来の力を否定しているからだ。
今、必要なのは、宗教界が恐れを超えて団結し、権力に真実を訴えることだ。沈黙すれば宗教の自由はさらに侵害され、他の宗教も同じ危険にさらされる。
――韓国では家庭連合の韓鶴子総裁が、半年間も拘禁状態にある。
韓国では家庭連合だけでなく、社会に良い影響を与える教会ほど標的にされているが、彼らは犯罪を犯していない。韓総裁の容疑も証明されず、半年間も拘束する根拠は全く示されていない。
日本と韓国で同時期に同じような宗教弾圧が起きているのは奇妙だ。なぜ今になって突然、宗教団体への迫害や訴追が進み、こうした行動が取られているのか理解し難い。
政府は「国民を守るために宗教への介入が必要」とする根拠を示しておらず、まるで国民である信者たちは無力で、問題が起きても自ら訴えることができないかのように扱っている。韓国でも同じで、もし教団が本当に人権侵害をしているなら、もっと被害の訴えがあるはずだが、その声は乏しい。つまり政府の主張は、市民の実際の反応と一致していない。
――日本の家庭連合に対する政府の対応を巡り、国際社会や米国はどのような役割を果たすことができるか。
現実として、米政府が日本の裁判所に判決を覆させるよう強制することは難しい。期待できるのは、国際社会からの圧力が積み重なり、最高裁判所が判断を見直すよう促されることだ。
今の日本政府は自らの権力を腐敗した形で行使し、宗教団体の運命を決められると考えている。
最高裁が高裁の判断を覆す可能性は高くないが、それでも沈黙してはならない。必要なのは国の良心を揺さぶるほどの大きな声を上げることである。





