3月16日、沖縄県名護市の辺野古崎沿岸を航行中の反基地抗議船2隻が転覆し、修学旅行で訪れていた同志社国際高校(京都府)の女子生徒と日本基督教団佐敷教会(同県南城市)牧師の男性船長が溺死した。沖縄の社会問題に詳しい評論家の篠原章氏に平和教育の現状やあるべき姿について聞いた。聞き手・豊田 剛

――事件の一報を受けての感想は。
大きく二つの問題がある。最初に転覆した「不屈」を「平和丸」が助けに向かったこと。海上保安庁に助けを求めていれば、高校生の犠牲者は出なかったかもしれない。もう一つは、船を運用していたヘリ基地反対協議会が船を国土交通省の海上運送法に基づく事業登録をしていなかったこと。「平和丸」の船長は起訴されるだろう。同協議会は辺野古移設に反対する「オール沖縄」の原点となる団体だ。この際、解散した方がいい。
――日本基督教団はなぜ基地反対派とつながっているのか。
1970年ごろの安保闘争や学生運動の時期に、多くの活動家が日本基督教団の中に入ってきた経緯がある。彼らの中には、学生運動の流れで信仰に近づき、後に牧師となった者も少なくない。こうした背景から、教団内には社会運動や政治活動に熱心な「活動家的」な牧師が一定数存在する体質が形成された。日本基督教団系のミッションスクールは、沖縄を平和学習の現場として積極的に活用してきた。結果、高校生を虐待したことになるのだから、学校は反省しなければならない。
――闘争現場の辺野古沖で平和学習することの是非は。
日教組がまだ強大な力を持っていた1960年代から70年代にかけて、教員がストライキ権獲得を要求して、意図的に授業をボイコットすることがあった。ただ、当時の労働組合は、児童・生徒まで巻き込んで活動することは滅多(めった)になかった。むしろ「児童・生徒を政治に巻き込まないこと」は、政治信条にかかわらず「良識」だった。
これだけコンプライアンス違反が強調される時代であるにもかかわらず、抗議船に生徒を乗せるなどの行き過ぎた平和教育が、今回の人身事故の背景にあるのではないか。70年代ですら認められなかったコンプラ違反が、堂々とまかり通る現状は修正しなければならない。
今回の事故をきっかけに、官民を巻き込んだ「反対運動ビジネス」ネットワークが思いのほか膨らんでいる実態にたじろいだ。反対運動は萎(しぼ)んでいるのに、反対運動ビジネスは巨大化しているからだ。
平和学習が巨大化したことに伴って目立つようになった綻(ほころ)びがある。不幸な事故は、「平和学習という名の利権」の存在を顕在化させたが、その再構築・再編成を促すきっかけにもなると思う。いや、ぜひそうなってほしい。
――平和学習のあるべき姿は。
平和学習が悪とは断定しないが、安全の確保が前提にある。講演や見学が主体の平和学習と抗議活動とは根本的に異なる。教育者ならそこまで配慮したプログラムを作成すべきだ。10代の生徒は吸収力が高く、判断力が付かないうちに特定の政治的立場に熱中してしまわないか危惧している。
現状では、政治的に中立な視点や、海上保安庁、自衛隊といった国防の役割を含めた教育が不足している。「平和を守るのは活動家なのか、それとも自衛隊なのか」といった問いを含め、生徒が多角的に判断できる材料を提供する必要がある。
沖縄や広島、長崎で語り部から話を聞くだけが平和教育ではない。戦争では東京大空襲の被害もあった。私の出身地である甲府市でも空襲で市街地の7割が焼け、1000人以上が亡くなっている。自分たちが住んでいる地域の身近な歴史を発掘し、学ぶのが良い。






